2-3 夏だ!海だ!水着だ!青春だ!

第36話

 それは夏休みの初日。

 早朝から集合したのは、電車で乗り継いだ先にある海岸だった。この上ない海水浴日和だ。


「はーい、じゃあ点呼とりまーす!」


 手を挙げながらテンションが高いのは、寺坂てらさか真帆まほ。今回の幹事ということで、張り切っている。

 それに対する形で、俺たちは横並びになっている。全員水着を下に着込んだ、ラフな格好だ。


唯月いづき衣央璃いおるちゃん!」

「はーい」

「はいかわいい!」


 真帆は衣央璃を指差し、返事があると、そのままサムズアップした。ちんまい真帆がテンション高いとなんだか小動物のようにも見える。衣央璃はいつもと変わらずおっとりとした笑顔だ。


三田みた明美あけみちゃん!」

「はいはい」

「はいカワイイ!」

「……あんたそれ全員に言ってくつもり?」


 明美は気まずそうに言ったが、真帆は聞く耳をもっていない。


 今回、明美と俺の、そして衣央璃のギクシャク感を解消するというのが、真帆のメインテーマだった。俺と衣央璃はいいとして、衣央璃と明美には未だにほんの少し変な空気が生まれてしまうらしい。俺はもう気にしてないので、こうして明美と目があっても笑顔で返すだけだ。それに対して明美は少し申し訳無さそうに笑顔を作った。


「じゃ、次! 我らがヴィーナス! 高橋たかはし綺咲きさきちゃん!」

「はぁーいっ」

「はいかわうぃー!」

「ありがとー☆」 

 

 綺咲はさすがのスマイルだ。なぜかその後俺に流し目を送ってくる。


 綺咲の参加は、実にスムーズに決定した。というか、俺が夜に真帆に連絡した時点ですでに決定していたのだ。

 どう説明するかを散々悩んだ結果、「他に行きたいって人がいるんだけど」と送ったところ、『綺咲ちゃんの話なら、もう聞いてるよ?』と返ってきたもんだから、面食らった。その根回しの技術はさすがとしか言いようが無い。間違いなく、敵に回してはだめなタイプだ。


「そしてぇ、今回の目玉! 水谷すいたに志吹しぶきちゃん!」

「はい」

「はい可愛い!」


 志吹は案の定、ガチガチに緊張している。無表情を装って氷の女オーラを放っているのは、平常心を保とうとした結果だろう。


「つづいてー! 古瑠都こると鏡介きょうすけくん!」

「はいよっ!」


 鏡介はすでに上半身裸で、その整った腹筋を日光にさらしている。さすが鍛える事を趣味にしているだけはある。


「はいかっこいい!」

「やったぜ!」

「そしてそのお隣、佐伯さえき紗名さなちゃん!」


 そうして呼ばれたのは、鏡介の彼女である佐伯さん。テニス部の副部長で風紀委員を兼任している、ちょっとした有名人だ。人前に立つのは慣れっこといった様子で、笑顔で手を小さく振っている。


「今日はお邪魔しまーす」

「はいKAWAIIかわいい!」


 鏡介が言うには本当は置いてきたかったらしいのだが、綺咲がまさかのチクリを発動し、連れて行かざるを得なくなった。綺咲曰く、『そっちのほうが結果的に平和』だとかなんとか。佐伯さんの同行に真帆が快く返事をしたこともあり、二人のギクシャク感は解消されているようだった。


「そして有坂ありさか才賀さいがクン!」

「はい」


「そして最後に――」


 ……俺には『かっこいー』のコールはないらしい。


「――私、寺坂真帆!」


「「「かわいいー!」」」


 と、ポーズを決めた真帆にみんなからのかわいいコールが上がった。こういう所も含めて、真帆は盛り上げ上手というか、真帆が幹事で本当に良かったと思う。ちょっとずるいけど。


「はいはい! 真帆せんせーい! 質問があります!」


 点呼が終わると、鏡介がわざとらしく挙手する。


「はいそこの鏡介君!」


 真帆もノリノリである。


「他の男どもはどうしたですかー!」


 今回の海イベントでは、男は俺と鏡介だけだった。鏡介には友達が多く、確かに男女比率を考えるなら、もっといても良いはずだ。


「よくぞ聞いてくれました。それはね、――作者がモブの描写が面倒だったからだよ!」

 

 なんだってー―! なんてメタ発言!


「――という冗談はさておき、本当はこれよ」


 真帆はそういうと、綺咲と志吹の間に入り、二人の背中に手を回した。


「我が校が誇る美少女が二人も揃ってるんだよ? そりゃあ性欲にまみれた男どもは参加したくて仕方がなかったでしょうなー。だからこそ、ダメー!!」


 男に対する意見が随分である。


「まぁ実際、私と明美じゃあ、飛びついてくる男なんていなかっただろうしね。なんか、友達として普通に遊びたいじゃん? 男と女の面倒くさいのとかさー、そういうのは他所よそでやって欲しいワケよー。風紀の乱れは友情の乱れ! ってのは佐伯さんも同意してくれたんだ」

 

 まぁ確かに、たいして仲も良くない男女を集めても、合コンみたいなノリにしかならないだろう。


 何より今回の目的は、明美と衣央璃のわだかまりの解消と、そして志吹の友達を作ることだ。真帆はその目的に適さない相手は断ったと言っていた。クラスで俺に声をかけてきた女子達がいないのも、そういうコトだろう。


「そんじゃ、早速着替えちゃいましょー!」


 俺達の夏休み。その一番最初のイベント、海水浴。

 一番暑い夏が、始まろうとしていた。

 

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