第35話

 俺がそう聞くと、彼女は携帯の画面を俺に向け、バカっぽい笑顔で言った。


「とっもだっちひゃっくにん、でっきるかな~」


 地味に上手い歌声がかえってかんさわる。

 表示された画面には、SNSアプリの件数が書かれている。

 ――マジで俺の十倍はいた。


「まぁ、あたしは友達多いからぁ? モテるしぃ? だいたいの人は顔と名前が一致するしぃ?」

「その喋り方やめろよ、いらっとする」

「む。……まぁ、そんな訳で、このアプリやってる子も知ってんのよ。結構一生懸命やってる子もいるしね。話題にもよくでるし。そんな訳であたしもこのアプリをよくチェックするワケよ。なのであんたがアプリを始めたのも気づいてました☆ ……ムカついたけど」


 そういって綺咲は画面を次々に切り替えていく。SNSの顔アイコンや住所情報、類似情報を参照すれば、なるほど確かに、それが同じ学校の生徒かどうかの特定は可能そうだった。


「さっきも言ったけど、面倒なことに巻き込まれる子もいる訳よ。そういうのはぁ、やっぱり恋愛経験豊富なあたしがサポートしてあげないとねぇ☆」

「だからその喋り方やめろって言ってるだろ」


 でもこれでわかった。彼女が出会い系アプリで俺と志吹を特定できた理由が。むしろ、例を紹介されれば、俺達は実に特定しやすい対象だったことがわかる。


 ――ネットは怖い。気をつけよう。


「まぁ、でも良かったかもね」


 そうこうしている間に食べ終わる。存在感をうまく消したウエイターが手際よくそれらを片付けていく。


「何が?」

「これで水谷さんは一人じゃないじゃん」


 彼女は小さく「ごちそうさま」と言うと、満足そうな顔だ。


「本当に一人なのと、表に出しづらくても理解者がいるっていうんじゃ、全然違うっしょ」

「そう、だといいけど」

「そうだよ、絶対」


 そしてまた、遠景を眺めている。


「一人は、寂しいよ」


 綺咲は時折、こういう目をする。

 その目が本当にそう言っているから、彼女の言葉には重みがあった。クラスにいる高橋綺咲は、こんな表情をしていることが、果たしてあっただろうか。


「まぁ、それで練習って訳じゃないんだけどさ」


 俺はそんな彼女の瞳に気を取られ、油断していたんだと思う。


 ――夏休みに、みんなで出かけることを、話してしまったんだ。


「……なにそれ」


 その失態に気がついたのは、彼女が瞳を輝かせながら身を乗り出している姿をみた時だった。


「いや、その、だから海に――」


 時すでに遅し、俺はその表情から、彼女の次に言うことが完璧に予想できてしまった。


「あたしも連れてって」


 完璧な上目遣いと、猫なで声。

 当然、俺に断ることなど、できる訳もないのだった。





 その後、彼女の宣言どおり、俺は結局ご馳走になった。財布から取り出されたのはクレジットカード。親のだろうか。謎が深まる。


 それで終わりかと思いきや、なんだかんだと彼女の買い物につきあわさた。目まぐるしく店移動する彼女は、ときおり、俺の手をとって引っ張り回した。いつのまにか、手を繋がされていることもあった。


「水着、選んでくれる?」


 と言われた時は、思わず喉を鳴らしたが、「本気にすんな」とデコピンされた。ちょっと残念な気がした俺を誰も責めないで欲しい。



「じゃあ、ちゃんと真帆ちゃんに聞いておいてね。今晩中に」


 高層ビルから移動し、駅の時計台に戻ってきころには、夕方になっていた。


「真帆とも知り合いなのかよ」

「まぁね。だから連絡しなかった場合、あたしにバレます。相談なしに置いてったりしたら、マジでヒドいかんね」


 そういって生意気な笑顔で俺の胸にネイルの指先を突き立てる。


「お前連れてくと、面倒なことになる気しかしないんだけど」


 俺が頭を掻きながらそう言うと、今度は胸板を叩かれた。


「そんなコトするワケないっしょ。あたしはあんたと違って、空気が読めんのよ。ドゥーユーアンダスタン?」


 その楽しそうな表情をみていれば、とてもその言葉を信じる気にならなかった。


「わかったよ。ちゃんと真帆には聞いてみる。けど、調整つかなくても、そんときゃ諦めろよ」

「そんときゃ、あんたと行くからいいし」


 と、あまりにも無邪気に笑う綺咲。勢いづいたこいつに何を言うのも無駄だろう。


「それじゃあ、あたしは帰るね」


 そう言って、主要駅とは別の方に向かっていく。向かう先には、私鉄の駅があった。


「気ぃ付けてな」


 俺がそういうと、なにかを思い出したかのようにピタリととまり、そして勢いよくこっちに走ってきた。


 そして――


「――今日はあんがと。楽しかった」


 耳元でそう囁いた。



 俺が呆けているうちに、彼女はあっという間に向こうに行ってしまっていた。

 最後まで振り返らずに人並みに消えていく彼女を見つめながら、俺はその場に立ち尽くしていた。


 ――なんか唇が触れた気がする――


 俺は耳たぶを抑えながら、夏の海イベントの安泰を願った。

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