第34話

 目線が合うと、彼女は手で俺に飲み物を促した。手つかずだったアイスコーヒーを、俺は勧められるままに吸う。


「画像は本当、たまたま。偶然見つけてびっくりー、てっ感じ。実際本当驚いたけどね。あとはまぁ、浅はかな考えですよ。コレを餌にしたら、才賀クンは来てくれるんじゃないかって思ってね」


 綺咲はそう言って両手を広げると、また頬杖をついて窓の遠景を見つめて、言った。


「そしたら本気で嫌がられるんだもん。キズついた」


 それは本当にキズついているような表情だった。俺の胸が、ズキっと痛んだ。


「でもさー、なんでそんなに秘密にすんのかなーとか、なんか慌ててるあんた見てたら、なんか色々腹たってきてさぁ。あー、思い出してもムカつく」


 そして今度はわざとらしくほっぺたを膨らましている。


「あたしの誘いを断っておいて、他の女とデートしてるし。よりによって、あの水谷さんでしょ? はぁあ? 何それって感じ。しかも秘密とか意味不明すぎ!」


 よほど腹が立つのか、髪の毛をわしゃっとかき乱して顔を左右に振っている。そして、

 んー!

 と声にならない気合のような物を唸ったあと、大きなため息をして、言った。


「というワケで、あたしの目的は、ここで美味しいものを食べて、大人のデート場所っての知って、そんでもってあんた達の馴れ初めを聞くことよ!」


 再度ネイルの指先が、今度は俺の眉間ギリギリの所まで向けられた。


「という訳で、吐くまで帰さないから☆」


 そして、あの完璧な笑顔で、言うのだった。





「はぁ!? なにそれ!?」


 店舗内に綺咲の声が響き渡る。少なくとも数名の客がコチラを振り向いた。


「声がでけえよ!」

「あ、ごめん」


 パスタとピザとサラダが並べられたテーブル。それは、綺咲が器用にパスタを取り分けてくれている時だった。


「いや、あんた、それまじイミフだから。それで付き合ってないとか、理解不能だわ!」


 俺は彼女の要求通り、水谷志吹との馴れ初めを話した。

 知人に紹介されてアプリをやったこと。そこで偶然、水谷志吹を発見したこと。

 そして、仲良くなったこと。


「でも、別にこれは好きとかそういうんじゃないんだよ。多分、志吹もそう思ってると思う」


 俺がいうと、心底驚きそして呆れたように落胆の表情を見せる綺咲。


「かぁー。中学生かよ、てか小学生かよ」

「それ、俺に言ってんのか?」

「二人に言ってんの!」


 言葉遣いは雑になりながらも、手元は丁寧にとりわけてくれた。


「いただきます」

「ん。いただきます」


 なんだか恥ずかしくなった俺は、言い訳とともにピザを飲み込むことにした。


「そっかー。水谷さんは筋金入りかー。ってことは、男に興味がないってのは、あながち嘘じゃなかったんかねぇー」


 どうやら綺咲は志吹の噂は知っているらしい。顔が広い綺咲のことだ、おそらく志吹に告白して玉砕した男とも知り合いだったりするのだろう。


「それが、最近は恋に興味があるらしくてさ」

「あのね、ふつー、そういうのは小学生で卒業すんの」

「小学生!? 早くね!?」

「早くないから! 子供かっ」


 さっきから随分な言われようである。


「あ、これ美味しい」


 そして食べる時だけは抜群の笑顔。


 そんなこんなで、俺は時々ダメ出しされながらも、状況の説明をした。


「まぁさぁ。あたしとしても、気になってはいたんだよね。誰とも話さないしさ。一応ほら、あたしってクラスの中心的な立ち位置じゃん?」

「自分で言うんだ」

「うっさい、自覚もって行動してるって褒めるとこだ、それ。……まぁだけど、話しかけてもあんまり嬉しそうじゃないしねぇ。結構噂とか気にしてる子も多いし。あたしはそういうのは全然気にしないんだけどさ。どうしたもんかなぁとは思ってて」


 俺は感心していた。陽キャの連中は、のけものになる奴のことなんて考えてないのかと思っていた。でも綺咲は綺咲で、クラスメートの事を気にかけていたのだ。


「そしたら、あのアプリに登録したから、びっくりしちゃって」


 あのアプリとは、俺達が出会うきっかけになった、あの出会い系アプリのことだ。


「なんか、そういうのって危なかっしいじゃない? クラスに馴染めません、友達いません、出会い系で彼氏探します、ってさ。メンヘラ街道まっしぐらだわ」


 ――あんまりな言い方だな。


 まぁ、たしかに志吹は少しだけ変わってはいるけれど。

 ……確かにちょっと危なかっかしいけど。


「そういえば」


 俺は疑問に思っていたことを聞いた。


「なんで志吹や俺が出会い系に登録してるって、わかったんだ?」

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