第33話
「端的にいうが、俺の目的はその画像を削除してもらうことだ。それと引き換えなら、この場は俺が持ってもいい」
俺は遠慮なく言った。
その俺の態度をみて、彼女も体を崩して、そして言った。
「残念でした。あたしは別に奢ってもらうつもりは無いし、はなから出すつもりだったので、その交渉は無意味でーす」
彼女はそういうとスマホを操作し始めた。取り付く島もない。
「……どうしたらその画像を消してくれる」
俺がそういうと、操作画面から一瞬こちらを見た綺咲は、ため息をつきながら言った。
「――そんなにこれ、消して欲しいの?」
「ああ。消して欲しい。――今すぐに」
あれは、俺にとっても、志吹にとっても、見られたくない画像だ。
色々な噂の元になる。
場合によっては、全てが台無しになる。
「――そっか。わかった」
彼女はそういうと頬杖をついたままスマホを片手でかざし、その画像を器用に表示させると、
――そのまま削除した。
「これでいい?」
呆気に取られている俺に、彼女は本当につまらなそうな顔をして、そして俺の手にそのスマホを押し付けた。
「確認して。他に隠してないか。……あんまり他のとかはジロジロみないでね。見られたくないのもあるし」
その態度に、少し罪悪感が湧く。
だが、今は画像が確実に削除されているかが大事だ。
俺は撮影日時周辺から今日までの画像をチェックし、たしかにそれが削除されていることを確認した。そして一気に、肩のちからが抜けた。
「確かに、確認した」
「そ。んじゃ、それ返して」
片手で差し出されたそこに、俺はスマホを置く。彼女と一瞬手が触れた気がした。
「ああー、こういうのも変だけど、その、ありがとう」
なんだか拍子抜けだった。
「別に。そもそも勝手に撮ったのはあたしだし。むしろ悪いのは、あたしだし」
そういうと彼女は届いたばかりのアイスティーのストローをかき混ぜた。その仕草で、志吹の姿が思い浮かんだ。
「次は、あんたの要望を聞かせてくれ。……俺にできることなら、応える」
さっきまでのテンションと打って変わって、テンションが最底辺に落ちた綺咲を見ていると、なぜだか胸がいたんだ。まるですべての期待に裏切られたような、そんな寂しそうな瞳が、印象的だった。
「あたしの目的は、ここに来ることだってば」
「それは表向きのだろ?」
「裏も表もないって」
そういって彼女はため息をついた。
「本当にただ、ここに来たかっただけ」
彼女は相変わらず頬杖をついたまま、眩しそうに遠景を眺めている。
「でも高いでしょ、ここ。女友達も気軽に誘ったりできないっしょ。女関係ってのは、結構複雑なのよ。奢ればお金持ってる自慢みたいになるしね。だからって男友達を誘えば、絶対奢ろうとするでしょ。あたしが出すっていっても、なんつーの? 男のプライドがきっとそういうの許さないでしょ。それで本気感だされても困るし」
そう言って彼女は、両手をあわせて伸びをした。
「こういう所、来たかっただけなんだ。大人がデートするような場所を、知っておきたかったっていうか。本当にただ、それだけ」
そしてネイルの指先が俺に向けられる。
「そんな時、あんたが金持ちだって聞いて。ちょうどいいやって思ったの。それならあたしも変な気を使わなくて済むだろうしって思ってね。まぁ、見事にフラたんだけど」
そういってまた、優しく、寂しそうに笑った。
「……なんで、そうまでして」
俺は、なんて言っていいかわからず、そういうしか無かった。
「……あたしにも、悩みとかあんのよ。こー見えて」
彼女の瞳が、揺れていた。
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