2-2 台風のような人

第31話

 高橋たかはし綺咲きさき

 クラスのカースト、いや、学年カーストでもトップクラスに君臨する、リア充組の筆頭。

 恵まれた容姿、明るい性格、小悪魔的な言動。男に好かれつつ、そして女に敵も少ない、まさに陽キャを形容したような存在。

 自分がかわいいということを認識していて、それを武器にすることを躊躇ちゅうちょせず、自信に裏付けされた行動にははながある。それが、高橋綺咲という女。


 ――つまり、俺の苦手な奴だ。


「……これは、誘うって言わないんじゃないかな」


 自信に満ちたその立ち姿はまるでモデルみたいで、その存在感は、圧すら感じさせる。


「えー? でもぉ、ちゃんとメッセージでお願いしたよ? 私と会ってくれませんか、って」


 高橋綺咲は、挑発するような笑顔をこちらに向けている。


「オッケーしてくれたのは、そっちだよね。才賀クン」

「――それは、画像が一緒に送られて来なければの話しだ」

「画像? ああー――」


 綺咲は人差し指を口元に当てたあと、思い立ったようにスマホを取り出し、そしてこちらに向けた。


「こ・れ・の・こ・と?」


 それは間違いなく、送られてきた画像と同じものだった。俺がそれを確認するように凝視すれば、わざと視界に入ってくるように、顔をスマホに寄せてくる。


「ちなみに」


 俺と目があったのを確認してから、彼女はスマホをコチラに向けたまま、器用に画面をスライドさせた。


「こんなのもありまーす」


 そしてそこに映し出された画像に、息を飲んだ。


 ――志吹が泣きそうな顔で俺の袖を掴んでいる――


 間違いなく、あの時のものだ。


「いやー、面白いこともあるもんだよねぇ」


 彼女はスマホを鮮やかな指回しで回収すると、わざと見えるようにお尻のポケットに差し込んだ。


「誰が誘っても遊びに行かないんだって、みんなが言うからさー。私も声かけてみたけど、本当なんだーって思ってたらさー。超意外。あの水谷さんとこんなことになってるんだもん」


「その画像……消してくれよ」


 睨みつけるようにして語気を強めると、彼女は一瞬目を丸くしたあと、またあの挑発する様な笑顔を向けた。


「いいよ、消しても。そのかわり――」


 そして腰に手をあてて、シャツを少しめくりあげた。


「才賀クンが自分で消してね」


 そう言って自身の腰と、その背後にあるスマホを見せてくる。


「ちなみに、画面ロックはかけてないよ」


 画面ロックがかかっていない、ということは、電源ボタンを押下すれば、さっきの画像が表示されるということ。そのまま削除ボタンを押すだけで、目的は達成できるということ。


 だが、これは罠だ。

 それは彼女の顔に書いてある。誘惑の表情がその答えだ。


「どうしたの? 消さなくてもいいの? あたしの気が変わらないうちの方がいいんじゃないかなぁ」


 あの画像を消せば、驚異はなくなる。

 だが目的のスマホは、綺咲の尻ポケットだ。

 近づかなければ触れない。雑にすれば、彼女のお尻に触れてしまうかもしれない。……それも、こんな公衆の門前で。


 だがやるしか、ない。


 俺は慎重に手を伸ばした。彼女から極力距離を取りながら、余計な所は触らないように、その腰の奥へ腕を伸ばした――その時。


「はいっ。時間ぎれー」


 彼女はそう言うと軽やかに身を交わし、そして伸びた俺の手を取って――恋人つなぎをした。


「ちょっ!」


 そのまま彼女の手に遊ばれるようにして、一瞬のうちに俺はビル壁に追いやられてしまった。そのすぐ横で、綺咲がそれっぽい表情でこちらを見ている。まるで会ったばかりのカップルが、壁際によりかかってイチャついているような構図だ。


 近い――


「あたしさー。これでも結構モテるんだよねー」


 その彼女が、今度は上目遣いで、俺の胸に顔を寄せてくる。香水と、シャンプーと、そしてよくわからないけれどいい匂いが俺に目眩を起こさせる。


「そ……それは良かったね。だったら、俺なんかにかまってる暇は――」

「だからぁ、誘われることはあっても、誘うことはほとんどないワケよー。まぁそれも? 断られたことなんて一度もなかったんだけどねぇ」


 綺咲は俺の言葉を遮るように、わざとらしく悩ましい表情で言った。主導権は俺にないということらしい。


「そういう意味で才賀クンは、あたしの初めての人、ってことなんだよね」


 俺は顔が沸騰するのがわかった。こんな近距離で美人に詰め寄られ、耳元で意味深な事を言われる。耐性の無い俺には、抗うことなんてできない。


「責任、とってよね」


 綺咲はそんな俺が十分に狼狽うろえるのを見てから、急にふっと距離を取り、手を払って、そして少し大きな声で言った。


「ああー、あたしの初めてを奪ったくせにぃ、そうやって捨てるんだぁ。あたしは捨てられちゃうんだぁー」


 その言葉に、周囲の人間が一斉に振り返る。

 非難の目線が俺に集中する。

 綺咲はこの一瞬で、状況までを味方につけた。

 全方位で、俺の選択肢を奪っていく。

 彼女は振り返り、そして完璧な笑顔で言った。


「約束どおりデートしてくれたら、許しちゃうかも。今なら、ね☆」


 俺に、選択権は無かった。


「わかった」


 その返事を発した瞬間、彼女が風のように身を寄せ、そしていつの間にか俺の手を握っていた。もちろん恋人繋ぎで。


「じゃあ、物分りのいい彼女は、チャンスをあげまーす。あたしが行きたい所は、どこでしょーか?」


 俺はそうして、駅の方に引っ張られていった。

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