第30話

 翌日、俺は早起きして準備をした。

 目標到着時間は、時計台の下に九時だ。


 この内容で相手に悪意がない、と考えられるほど、俺はお人好しじゃない。相手は俺に何か恨みやら何やらがあり、俺の弱みだとわかっていて、あの画像とメッセージを寄越したのだ。


 用心するに越したことはない。少なくとも、先手だけは取られたくない。


 俺はそう考えて、相手より早く待ち合わせ場所につき、見定めようと思っていたのだ。

 そしてヤバい相手なら、逃げる。その後はDaさんに相談だ。学校関係者なら、……ええい、今考えてもしょうがない。


 時計台の元に目標の九時に到着する。休日だが時間の都合もあって、まだ人通りはそんなに多くない。待ち合わせに使っている人も、極一握りだ。


 俺はそんな時計台が一望できる場所を探した。駅ビルと向かいにある商業施設の二階に、カフェを兼ねたパン屋さんを発見し、そこでスタンバイ。ここからならやや遠いが、時計台の様子はほぼ確認できる。


 時刻は九時一五分。コーヒーなどを適当に頼むが、喉を通らない。緊張感からか、時間が経つのがやけに遅かった。コーヒーカップを持ち上げれば、震えが波を作っていた。

 時間は過ぎるが、しかしそれらしい人は現れない。俺はもう一度アプリ写真を確認する。


 髪はミディアム、もしかしたらボブかもしれない。明るめの髪と、顎のラインが細い。横顔だけなら、美人に見える。


 だが、同じような髪の色の人が、その場所には現れない。日差しの関係か、ひょっとしてもっと明るく見えているのだろうか。そんな事を考えながら、アプリと窓の外を交互に覗いた。

 考えてみれば、相手がこの写真本人かどうかも疑わしかった。最悪、男ということもある。俺は次第に、この行為が無駄であることに気が付きながらも、しかし恐怖心からか、その場をすぐには動くことができなかった。


 時刻は四五分になった。状況は変わらない。待ち合わせの人の量は飛躍的に増え、その影で全景を望むことはできなくなっている。


 ――いくしかない。


 俺は意を決して、時計台の下に歩いていった。


 時計台の下は、熱気がすごかった。照りつける日差しもそうだし、人の放つ熱もあって、とにかく暑かった。緊張から、余計に汗がでる。喉も乾いた。


 そんな事を考えていた、まさにその時だった。



「あれぇ、早いじゃん」



 雑踏の中、一際はっきりと、その声は聞こえた。


「まだ一〇分もあるのに。待ち合わせ時間は守るタイプなんだねぇ、才賀君は」


 その声は真正面から聞こえた。

 ――間違いない、こいつだ。


 俺は顔をあげた。目前に、女がいる。


 足元はサンダル、大胆な生足とデニムのショートパンツ、ネイビーのタンクトップにシャツをラフに羽織り、そして白の帽子をかぶった、若い女。顔は帽子のツバに隠れてよく見えない。柔らかな香水の匂いが流れてくる。


「感心しちゃった。デートに遅れるような男じゃなくてよかったよぉ。やっぱり男を見る目があるなぁ、あたし」


 その女が、顔を挙げた。


「――あんたは――」


 その顔と髪の色。間違いない。

 Kisaki本人と特徴が一致している。

 

 そして何より――

 

 ――俺はこいつを、知っている。


「……どうして、こんな事を……」


 そいつを見た瞬間、俺の脳内に、衣央璃の言葉が蘇った。


 ――さん、だっけ。結構人気あるって聞いたけど……誘われたんだ――


「どうしてってぇ、あたし、言ったじゃん」


 美人で有名、男人気も高い陽キャ族。そして、俺のクラスメート。


 そいつはウィンクを決めて、言った。


「また誘うね、って☆」


 高橋さん――高橋たかはし綺咲きさきは、真夏のような笑顔で、俺の前に立ちはだかった。

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