第29話

 その晩、風呂上がりに何気なくスマホをみると、出会い系アプリのアイコンに「②」というマークが浮かび上がっていた。


「水谷さんかな」


 俺は浮かれて早速アプリを開く。


「じゃなかった、志吹、だ」


 下の名前で呼ぶことがなんだか嬉しい。あんな美人で、ちょっと人を寄せ付けない感じの人、高嶺の花とも言える水谷志吹を、志吹だなんて呼び捨てにできるのは、学校でも俺だけだろう。その特別感が嬉しい。


 しかし、メッセージは志吹からではなかった。


「だれだ、これ」


 見知らぬ女性のアイコンと、その上に②の文字。

 名前欄にはKisakiと書いてある。

 絶妙なカットで、顔の一部が隠れていて、よく見えない。


「出会い系アプリだしな。向こうから連絡くることも、そりゃあまぁあるよな」


 俺のアイコンを見て誰かが連絡くれたのだろうか。


 しかし、そのメッセージアイコンをタップして、俺は目を見開いた。


「……え……。……えっ?」



 ――そこには、俺と志吹が談笑している姿が写っていた。



「なん、だよ……これ……」


 今日訪れたカフェに間違いない。オタクトークをしている最中のカットだ。カフェの窓越しから、ヌキで撮られている。人の合間を縫うような構図は、確実の俺たちを狙ったショットだった。


 そして続くメッセージには、こうあった。



『私と会ってくれませんか。 ――有坂才賀君』



「こいつ……! 俺の名前を……!」


 アプリには本名は入れていない。アプリ越しに俺の本名がバレることは絶対にない。


 つまりこいつは、俺の事を知っている人物。

 そしてこの写真を送りつけて来る意味。


 この写真の送り主は、間違いなく俺と志吹の事を知っていて、この写真に価値があることを理解している人物だ。この条件を満たす相手は、学校関係者以外、ありえない。

 

 つまりこのメッセージは、脅しだ。

  ――この画像をばらまかれたくなければ、私と会え。

 このKisakiという相手は、俺にそう言っているのだ。


 どうする。

 素性が知れない相手。会えばとんでもない事に巻き込まれるかも知れない。

 無視が正解な気もする。

 仮にばらまかれたとしても……取り繕うのは難しいかも知れないが……


 しかしこんな時に限って、Daさんのあの言葉が過ぎってしまった。


 ――他の人から連絡が来たら、会ってみること――


 そしてこうも思った。

 もしここで断ったら、志吹に何が起こるかわからない。志吹もアプリに登録しているから、何らかの方法でコンタクトを取られるかもしれない。


「くそ」


 俺は唇を噛み締めた。

 ――やるしか、ない。


『会います。いつにしますか』


 俺の送ったメッセージは、直後に既読になった。

 そして、すぐにその返信は来た。


『明日、一〇時。時計台の下で待っています』


 どこの駅かは書かれていないが、場所のわかる指定。こいつはやはり、俺の事をゆすりに来ている。


 ――いったい誰がこんな事を――


 俺は不安に胸が苦しくなり、中々眠れなかった。

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