第28話
「――という訳で、どうかな」
土曜日、駅前のカフェレストラン。新作のアクション映画を見終わり、一通りのオタクトークが落ち着いた頃合いを見て、俺は水谷さんに夏のイベントの事を打ち明けた。
「みんなで海……」
涼しげなワンピースから覗く肌は、驚くほど白い。日焼けしない体質なのか、気をつけているのか、それとも海に行ったことがないのか。そんな彼女の水着姿を見たい、というのが俺の本音なのは間違いない。でも、それだけじゃない。
「そこなら、気の良い人たちしか来ないからさ。多分水谷さんのことも、わかってくれると思うんだよ」
確かに、一度ついた印象を変えることは難しい。自分が一度それを気にし始めてしまったら、前に進めなくなることもある。
だけれど、コレはあくまでも学校外のイベンドだ。そして参加するメンバーは、俺と友達になってくれるような、少なくとも俺が信頼できる人ばかりだ。それなら、あまり難しいことを考えずに、仲良くなれるような気がするのだ。
「私たちのことは、なんて言ったの?」
「『普通に友達なんだ』って言ったよ」
問題はそこだった。
水谷志吹と有坂才賀は出会い系アプリで知り合い、今もその関係を続けている。未だに彼女の希望を尊重し、人前で話すことはない。
だけれどそれも軟化してきていて、すれ違いざまに目を合わせたりするようになっていた。それに、全く話さない訳じゃない。例えば日直が一緒になった時とか、みんなが下校後の掃除の時とか。なんだかそれは秘密の関係みたいで、少し楽しくもあった。
「普通の友達、ね」
しかしいまいち彼女は面白そうじゃない。納得していない、感じなのだろうか。表情が豊かなタイプじゃないけれど、しかしその気持ちの揺れは不思議とわかりやすい。そこらへんが、俺が水谷さんと話していて気疲れしない理由でもあった。
「それ以上は、真帆も聞いて来なかったよ」
短いやり取りだったというのもあるけれど、この「普通の友達」というワードには、なんとなく「それ以上は聞いてくれるな」という意味が込められてそうな気がして、俺もそれをわかっていて意図的に使ったのもある。
「……それで、彼女はなんて?」
ストローを加えながら、俺を見つめる彼女。
「才賀君がそういうなら、って」
真帆は深く聞かず、快諾してくれた。その上で、確定したら連絡をしてね、と、それまでは他のメンバーには言わないつもりらしい。真帆の気遣いの細やかさは凄いと思う。
しかし、水谷さんは俺に不満そうな目線を送っている。
「才賀君が言うなら、ね」
と、含みのあることを言う。
「え、えっと、何かあるかな」
なんとなく彼女が不機嫌そう、なのは伝わってくる。暫くの沈黙のあと、水谷さんはコップの水滴を紙ナプキンで拭き取りながら、言った。
「――名前で呼び合ってるんですね。仲良いんですね」
超笑顔、えらい棒読み。そして敬語。
「え、あーうん。真帆って、なんかそういうキャラというか。向こうがそう呼ぶのは多分、衣央璃が俺のことそういうからだと」
「衣央璃」
食い気味のオウムがえし。
「いや、衣央璃はお馴染みで。って話したよね? この話」
「ええ、伺っておりましたけれども」
伺うって、高校で使うことなんてほとんどない単語な気がする。彼女はストローを意味もなく飲み干したコップに突き刺し、氷をカラカラとかき回している。
もしかしてこれって……
「あのさ、勘違いだったら申し訳ないんだけど、……ヤキモチ焼いてる?」
その瞬間、ストローが氷を突き抜けた。
「あ。まさか、そんな事ないよね。あはは、ごめん」
流石に調子に乗った発言かなと咄嗟に笑って誤魔化したけれど、しかし水谷さんを見ると、顔を真っ赤に、そして驚愕の表情をしている。
「こ、これがヤキモチ……」
水谷さんはカルチャーショックを受けたように
「……私、才賀君とはそれなりに仲が良いと思っていたの。というか、むしろ私にとっては今、一番仲の良い人なんだわ。それで、私は未だに名字で呼ばれているし、なんだか急に距離が遠く感じてしまって……」
そうして、意味もなく机に指で何かを書いている。途中、俺の名前を呼んだところに、妙な力が入っている。
「……ごめんなさい」
――なに、このかわいい反応。
こっちまでむず痒い。
「いや、うん、なんだか僕もごめん。遠慮してた。えっと、じゃあこれからは、お互い名前で呼び合おっか」
その提案に、水谷さんの表情がわかりやすく明るくなる。
「才賀君」
「し、志吹……さん」
「志吹」
「……志吹」
「よろしい」
そうして水谷志吹はご満悦といった表情だ。
こうして僕らは、名前で呼び合うようになった。
「じゃあ、そろそろいきましょうか、才賀」
足取り軽やかな志吹さんに連れられて、お店を出る。周囲はまだまだ明るいけれど、時刻は18時を回っていた。
楽しかったけれど、もう帰る時間だ。
「私、行ってみようかしら。……海」
別れ際、志吹が俺のことを見上げて言った。
「いえ、行ってみたいわ。連れて行ってもらえるかしら」
きっと彼女なりに勇気を出したんだと思う。
「もちろん歓迎だよ。じゃあ、伝えておくから」
「ありがとう。才賀」
そうして俺たちは駅前で別れた。
こうして時間をかけて、クラスに馴染んでいけばいい。それまでは二人の関係を楽しんでいればいい。俺はそう思っていた。
俺は油断していたんだと思う。
だから、まさかこの関係が、あんな形でバレることになるなんて、思いもしなかったんだ。
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