シーズン2
2-1 夏のあらしの前に
第26話
季節は夏に移り変わっている。
暑い日が多い日常から、暑いのが当たり前の毎日へ移り変わり、それは気だるさとともに新しい恋の予感を運んでくる。
――夏休み。
それをいかに充実したものにするかは、高校生の命題だ。
それは恋だとか人付き合いにイマイチ疎い俺にだって、わかる。
そしてそれを実現するには、今が頑張り時なんだと言うことも。
クラスの連中は浮ついている。女子は真夏の開放感を言い訳に、身だしなみまで開放的になり、まるで見せるために着用したかのような派手な下着を、ブラウスに透かしている。男を見る目が違う。そしてそれを見る男たちの目も、そうだ。
そんな、嫌でも恋の気配に包まれた校内にいれば、俺の心境にも変化が出てくるのは、ある意味でも当然かも知れない。
「やっぱ夏のイベントは必須でしょう。海でしょう! 夏祭りでしょう! という訳で、才賀君は参加してくれるよね。あと、鏡介君もついでに」
目の前で明るく提案しているのは、C組の
「なんで俺がおまけみたいに言われてるんだよ。夏と言えば俺だろう?」
と隣で不満そうなのは、友達の鏡介だ。
「え、だってあんた彼女いるじゃん。誘ってあげるだけでも感謝してよー?」
と明るく鏡介をいなしている。二人は前から知り合いだったのもあるが、先日のカラオケからとても仲良しだ。おかげで真帆は鏡介の彼女から厳しく接しられることもあるようで、迷惑だという話を真帆本人から聞いた。
先日の一件以来、真帆は俺に気をかけてくれている。こうしてクラスに遊びに来てくれることも増えた。
それは、多分、真帆なりの罪滅ぼしなのだと思う。
「それって、明美さんもいるの?」
そう俺が聞くと、少しトーンダウンした笑顔で答える。
「あー、うん。やっぱりウチらは仲良しだから……」
仲直りのきっかけを提供してくれようと思っているのだろう。その気持ちは汲んであげたい。
「うん。じゃあ、僕もぜひ一緒に」
すると真帆の笑顔が太陽のように明るくなる。
「やった! んじゃ企画はウチに任せて! つーわけで、はい、交換」
そうして自然とSNSのアカウントを交換する。
以前なら、こういう事を断っていた俺。だが、今では普通に受けることも増えた。
一つは真帆の功績が大きい。真帆は普通に俺に接してくれるし、周りがどんな目でみようが、気にしない。クラスの女子の一部は、そんな真帆に「何、あいつ」というオーラを無遠慮に放っていたが、そのうちにそれは沈静化していた。
そのもう一つの理由というのが、多分、俺の態度の変化だ。
「――しかし、お前がOKするとは思わなかったよ。いや、俺は遊べて嬉しいけどよ」
真帆が立ち去った後、鏡介が頬杖をつきながら、言う。
「そう? 楽しそうじゃん」
「それ! それよ」
鏡介がきりっとした顔で指を向ける。
「以前のお前なら、『俺は陰キャだから』とか『リア充だけでやってろ』みたいな感じだったじゃねぇか。それが最近じゃあ、なんか柔らかくなっちまったっていうかよー」
「そんな大げさな」
「いや、これでも俺は大分控えめだぜ」
そうなのだ。
出会い系アプリを通じて、水谷志吹ともう一度出会ったこと。
幼馴染の唯月衣央璃の、知らなかった一面を知ったこと。
その経験が、俺の考えを少しずつ変えていたのだ。
「なんていうかさ、思ってさ、最近」
衣央璃は言った。きっかけを待っていた人もいるかも知れないと。
そして、相手の気持ちや考えなんて、そう簡単にわかるものじゃないという事を、俺は知ったのだ。
「もっと人と関わるべきだったんだなって」
その中に、俺が本気で恋に落ちれる相手がいるかも知れない。本当は金目当てじゃない相手もいたかも知れないのだ。
「け、生意気だぜ、才賀。この野郎」
そして相変わらずのヘッドロック。
少なくとも、相手に悪意がなかったとしたら、それを一方的に無下にするのは申し訳ない。 そう考えられるようになっていたのだ。ほんの少しだけだけれど。
「ねぇ、有坂君」
気がつくと数名の女子たちが机を取り囲んでいた。
「さっきの寺坂さんの話なんだけど、……私たちも……」
だから、こういうパターンも処理も変わってきた。
「そうだね、だけど企画は寺坂さんがしてくれるっていうから、彼女に聞いてみてくれるかな。僕だけじゃ決められないから」
「! ――うん!」
以前は、離れていく女の人は、常に俺に落胆の背中を見せていた。でも今はそういった事も減った。人の態度は写し鏡なんだということを、少しだけ理解したのだと思う。
とにかく俺は、そういう気持ちで過ごしていた。この夏が充実したものになることに期待しながら。
――だから、本当はもっと考えなくちゃいけないことが沢山あったのに、それに気がついていなかったんだ。
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