第25話

 貴方に迷惑をかけたくない――


 それは、俺が予想した答えにないものだった。


「……どういうこと?」


 振り向けば、今にも泣きそうな彼女の顔がそこにはあった。


「私があまり良く思われていないのは、貴方は知っているでしょう? そんな私と一緒にいたら、きっと色々言われるわ。それは貴方の得にならない」

「そんなの、僕は気にしないよ」

「私が気にするのよ!」


 彼女が学校内で俺と話したがらない理由。

 それは、俺のため。


 ――でも、そんな悲しい理由はないじゃないか。


「それでも僕は、水谷さんとこうして話せるようになって、良かったと思ってるよ」


 初めて彼女と話したあの日。印象と異なる彼女が、そこにはいた。氷の女と呼ばれた水谷志吹は、本当は温かくて、柔らかい、そしてちょっぴり変わった普通の女の子だった。


「みんなが貴方みたいに思うとは限らないわ」

「そうかも知れないけど、僕と話しているところを見れば、みんなの印象もきっと――」

「――印象は簡単には変えられないわ。それができたら、私たちはこんな形では出会っていなかった。そうでしょう?」


 そう言われて、ハッとした。


 確かに俺は、俺の事を知らない誰かと出会いたかった。

 そして彼女も、自分の事を知らない誰かと出会いたかった。

 お互いにあまり知らなかった。だから、お互いに興味がもてたんだ。

 だから、初対面なのに、あんなに深い話しができたんだ。

 それはクラスメートじゃないから、できたことなんだ。


「クラスメートの私達は、氷の女と、親がお金持ちの貴方。男の人からの告白を『興味ない』なんて断ってた女と、最近モテ初めた貴方が一緒にいるところをみて、周囲はなんて思うでしょうね。それまで、一度も会話したことなんて、なかったのに」


 それは絶対に、目立つ行為だ。もしそこで銃の話題なんてしたら、どうなるか。


 ――水谷さんって、気に入られるために銃のオタクになったんじゃない?

 ――有坂って金をちらつかせて水谷さんに近づいているらしいよ。


 そんな噂がされれば、ますます居心地が悪くなってしまう。本人たちが良ければ良い、で済む問題じゃない。毎日の学生生活が息苦しいものだったなら、耐えられない。そんな俺達を、周りも放ってはおかないだろう。


「それとも、言う? 出会い系アプリで知り合いましたって――」


 それが火に油を注ぐ結果になるだけなのは、説明されなくてもわかる。


「貴方が私と話してくれる。こうして会ってくれる。私はそれだけでも嬉しいの。今日だって、本当はすごく楽しみに……」


 人波は流れている。袖を引っ張った彼女と僕だけが、堰き止められたみたいに動けないでいる。 


「じゃあ、どうしてあんな、お別れですみたいな事いったんだよ……」


 彼女から送られてきた、お元気でのメッセージ。今後二度はないみたいな、そんな内容だった。


「だって、有坂君は誰かと出会いたかったんでしょう? クラスメートじゃなくて、そして私みたいな、だめな女じゃなくて。あれは何かの間違いだったみたいな」


 そうか。彼女は誤解しているんだ。そして知らないんだ。


 ――水谷さんにそっくりだったからこそ、メッセージを送ったってことを。


「ふっ」


 それを思うと、なんだかおかしくなってきてしまった。


「ど、どうして笑うの?」

「ん、いや、ごめん。こんな事をいったら嘘みたいだと思うかも知れないけれど」


 俺は振り返って彼女を真正面から見つめた。端正な顔と瞳の奥に、不安が渦巻いているのがわかる。


「僕は、水谷さんに似ていると思ったから、誘ったんだよ」


 本当は、他人の気持ちを思いやれる、優しい人なのだと、俺は知ってる。

 氷の女だなんて、とんでもない。

 なのに、その印象を享受している君。


 ――俺たちは、似たもの同士だ。


「まさか、本当に水谷さんだと思わなかったけどね」

「それって……」


 今くらいは正直になってもいいかも知れない。


「見た目的には、好みって事、かな」


 精一杯の照れ隠し。その後の沈黙に絶えられず、頭を掻きむしったところを、水谷志吹は口元を隠して、上品に、そして子供のように笑った。


「じゃあ、こうして出会えたのは、ラッキー、ってことかしら」

「そう。僕はとてもツイてるんだ。水谷さんは、そう思わないかも知れないけれど」

 そういうと彼女は、泣きそうな笑顔で、言った。

「いいえ。私はとてもツイてるわ。だって、こんな素敵な人と、知り合えたんだから」


 この時、多分彼女も感じてくれていたと思う。きっと、俺たちの関係は、ここからスタートするんだ、っていうことに。


「その表現は少し語弊があるかな」


 もしすべての出会いに記念日が存在するなら、それは間違いなく今日だったんだ。


「だって僕らはクラスメートだったんだから、すでに知り合っていたんだよ」


 不器用な俺たちの、不器用な関係。


「じゃあ、こういうのはどうかしら。貴方と私は――」


 それに名前をつけるとしたら、それしかないじゃないか。



「出会い系アプリで、もう一度出会ったのよ」 

 

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