第23話

 放映ルームを出る頃には、すでに人はまばらになっていた。なぜなら俺たちは、水谷さんの希望でエンドロールを最後まで見切ったからだ。


「んんー!っ」


 水谷さんはたいそうご満悦な様子で伸びをしている。


「凄い銃撃戦だったね」

「ええ。やっぱり、あの迫力が洋画のいいところだと思うわ」


 水谷さんの目は物凄くキラキラしている。


 映画の内容は、架空の第三次世界大戦が勃発したという設定で、アメリカ軍の軍曹と日本の狙撃手が手を組んで、困難な任務を次々にこなしていくという、アクション重視の戦争映画だった。現代兵器がたくさん登場し、限界状況で言葉の壁もある二人が見せる友情がアツい。……どちらかと言えば、男性向けの映画のように思った。


 俺たちは興奮冷めやまぬまま、同じ建物内のカフェに入った。コーヒーフロートを味わいながら、映画の話題に華を咲かせている。


「主演のツェネガーさんはやっぱり何時までもかっこいいよね。あの爆破のシーンで手を取り合うところなんか、燃えたなぁ」

「私も、あそこはとても大切なシーンだと思ったわ。なんだか今のアメリカと日本の関係を示唆しているみたいで、監督の覚悟を感じたわ」


 水谷さんはまるで評論家みたいな事を言う。相当に映画好きなんだと思う。


「きっと、現実の戦争もあんな感じなんだろうな。銃の音とか凄い迫力あったと感じたよ」

「そうそう! やっぱりウリウッドは気合が違うわよね。あの射撃音、薬莢が飛び出す音、そしてコッキングレバーの金属がこすりつけられる音なんか、すごくリアルで」


 ――ん?


 突然聞き慣れない単語。


 いや、聞き慣れてはいるけれど、女の子の口から聞くには違和感があるワードが含まれていなかった?


 水谷さんはパンフレットを握りしめながら、続けている。


「――でもあの主役のマイケルは、あのシーンで拾ったHK416を片手でそれもフルオートで撃っていたけど、あそこだけは納得がいかないわ。いくら5.56mmNATOナトー弾が低反動と言っても。ショートストロークピストンも含めた反動を制御するにはあの筋肉量でも――」


 あー。


 ここで俺の勘がピンポーンと音を立てた。


「……詳しいね?」


 俺の一言で、水谷さんの時がピタッととまった。


「もしかしてだけどさ、水谷さんって……」

「な、なにかしら」


 ものすごい音を立ててコーヒーフロートを吸い上げる様子を見れば、動揺しているのが丸わかりだった。


「――銃、好きなんだ?」


 その言葉に重なるように、飲み干したストローがずぼっと音をたてる。アタリなんだろう。逃れられないと覚悟したのか、赤面した顔を片手で仰ぎ、深呼吸をしてから、そして言った。


「そう、です」


 これで合点が言った。

 彼女が戦争映画を見たがった理由が。

 

「お、おかしいかしら、やっぱり。女が銃が好きだなんて……」


 そしてやっぱり、しゅんとなってしまう。学校での堂々とした態度はもろくも崩れ去っている。


「いや、いいじゃないかな」


 俺は彼女を傷つけないようにと、笑顔を作って言った。


「銃が好きな人はたくさんいると思うよ。最近は、女の人でも銃を撃つゲームをやるしね」

「……それは、本心で言ってくれてる?」

「もちろん」


 それでも俺の回答に納得できないのか、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。


「ちなみに僕も銃は好きだし、少しは知ってるよ。ほら、これを見てみて」


 俺はそういって自分のスマホを取り出し、一枚の画像を見せた。それはPCゲームでフレンドと記念すべき勝利した瞬間を切り取った、ゲーム画像だった。画面には現代的な銃がしっかりと写っている。


「僕は結構ゲーマーでさ。銃を撃つゲームなんかもやるから、その気持ちはわかるよ」


 すると彼女はその画面を食い入るように見ている。

「……これはSCARスカーかしら」

「そう、正解。さすがだね!」


 そうやって褒めると、顔がぱぁっと明るくなる。

 が、次の瞬間にはむくれっ面になった。


「……なんだか、子供扱いされた気分だわ」

「違う違う! 本当にそう思ってるよ。……あ、そういえば」


 俺は話題替えがてら、ずっと気になっていた事を聞いてみた。


「初めて会った時、『銃の君!』って言ってたよね。それも何か関係があるの?」


 彼女は俺を見て、そう言った後、名前の覚え方がうんぬんと口を濁していた。


「ああ、あれは……」


 彼女はいっかいコンと喉を鳴らすと、姿勢を直して、言った。


「私、本当に人の名前を覚えるのが苦手で。いえ、正確には、顔と名前を一致させるのが得意ではないのよ。クラスの名簿は覚えていても、その名前が誰だかはわからななくて。歴史上の人物なら、誰々はなになにをした人、と関連付けられるけれど、クラスメートとなると、そもそも話したことがほとんどないからそれも難しくて、だから、何かしら関連付けられることを私の中で決めて覚えるようにしているのだけれど……」

「うんうん?」

「それで、有坂君の場合は、銃の名前だー、って覚えていて……」


 そういうことか。

 しかし俺の名前に銃がどう関係あるんだろう。


「わからないんだけど……」

「ああ、えっと、日本が第二次世界大戦中に使用した小銃が九九式短小銃きゅうきゅうしきたんしょうじゅうと言うのだけれど、その通称が、有坂銃」

「なるほど」


 それで、銃の君か。確かに、言い得て妙感はある。


「それと、才賀っていう部分には、Saigaっていう銃があって――」


 下の名前も関係あったのかよ!?

 本人ですら知らなかったよ!!


「あ、ちなみにSaigaにはとても種類がたくさんあって、有名なところだと12ゲージショットシェルを使うサイガ12っていうのが……」


 そしてそのあと三十分ほど、俺は銃の講習を受ける事になった。


 氷の女、水谷志吹は、銃オタクだった。


 でも俺の知る限り、水谷さんが最も生き生きとしている瞬間だった。

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