第22話

「こんにちは、えっと……Ivukiさん」


 俺のぎこちない挨拶に、水谷さんは少し微笑んだ。


「なんだか、違和感がすごいわ」


 最初に呼んだのはそっちのくせに、と思った。


 水谷志吹は、肩が大きく開いたベージュのカットソーと、やわらかなブルーのロングスカートをまとっていた。華奢ですらっとした体のラインが、風のいたずらで際立つ。

 控えめに言って、かなりかわいい。鎖骨に黒髪がかかってるのが、とてもイイ感じだと思った。実際、何人かの男たちが振り向いている。


 やはり、水谷志吹は学校外に出ても、美人なのだった。


「お待たせしたかしら」

「いや、全然」


 普通にそう答えたつもりだが、水谷さんはなぜか笑いを堪えている。


「何か、おかしい?」

「いえ、こうやって定番フレーズって生まれるのね、と思って」


 どうやら俺はおもちゃにされているらしい。


「楽しそうで何よりで」

「ごめんなさい、気分を害したのなら謝るわ」


 そう言ってしゅんとする。


「浮かれているのよ。初めてのことだから……」

「デートが?」

「いえ、こうして誰かと待ち合わせをすることが」


 そしてまた地雷を踏み抜いた事に気がつく。この人は本当に友達がいなかったのか……。


「じゃあ、記念すべき一回目ということで」


 俺はさっと話題を変えることにした。


「早速、行きますか」


 映画館は、駅ビルに繋がるデパートの最上階にあった。この地域では比較的新しく、流行の映画も取り入れているらしかった。


「結構しらない映画が多いなー」


 掲示板にはいくつかの映画のポスターが並んでいる。複数枠が設けられているものはヒット作なのだろう。邦画は恋愛ものが二つほど。どっちも抽象的なタイトルに、イケメン美女が見つめ合っているカットで、俺には同じに見える。


 隣の水谷さんはどっちを選ぶのかと思っていて振り向けば、ずっと一点を見つめていた。


「そういえば、見たい映画ってあるの?」


 彼女が見つめていたのは洋画だった。砂塵にまみれた屈強な男が、小銃を抱えて走っている。戦争映画だろうか。


「え、あ、ええ、実は、そうなの」


 そのリアクションで、それ以上の説明は不要だった。彼女の目的はこの映画だろう。戦争映画を好きな女の子もいるんだな。


「……今からだと、字幕版、か。吹替版はもう暫く後みたいだね。どうする?」

「字幕版で!」


 と、食い気味かつ力強い返答があった。


「あ、いえ、その……有坂君が大丈夫なら……」


 やっぱり、水谷さんは少し変わっていると思う。あまり人と関わってこなかったのか、それともただ緊張しているだけなのだろうか。端正でクールな顔立ちはそのままに、しかし慌てふためいている様子が体の動作でわかるのが面白い。


「大丈夫だよ。じゃあ、タイミングもちょうどいいし、字幕版で」


 そう言って俺は側のチケットカウンターに並んだ。水谷さんも自然とそれについてくる。


「ごめんなさい。字幕が苦手という人もいると聞いたから……」

「いや、本当に大丈夫。それに、水谷さんが見たい映画なんだから、見たいように見た方がいいだろうし」


 ゲーマーの俺は日本語にローカライズされていないゲームもたくさんプレイしてきたから、字幕版でもウェルカムだった。日本語吹き替えされていると雰囲気が変わってしまう作品もあると聞くし、むしろちょうどいい。そう思っただけなんだけれど……


「……ありがとう」


 そうやってうつむいてお礼を言われると、なんだかむず痒かった。


 その後俺たちはコーラとポップコーンというお決まりメニューを片手に、映画館に入った。比較的前の方の席に、自然と並んで座った。周囲を見渡せば、結構な混雑で、世代層もどちらかと言えば大人が多かった。カップルたちの立ち居振る舞いも浮足立っておらず、中には彼氏に豊満な胸を押しつけている人もいて、なんだかこっちが恥ずかしくなった。


 そうなると、急に左側の女子、水谷さんを意識してしまう。肩口が開いたカットソーは、前かがみになれば色々見えてしまいそうだ。


 しかし水谷さんはそんな事は全く気にしていなさそうな様子で、パンフレットを凝視している。集中力が凄い。そういえば授業中の彼女もこんな感じで、氷の女という二つ名に拍車をかけているような気がする。


「なんか、浮かれてるなぁ」


 無意識に、俺はそう口走っていた。慌てて口を塞ごうとするも、やはり水谷さんは気づいてい無さそうだった。


 そして、開演のブザーがなった。

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