1-6 それは俺と彼女が出会うまでのお話

第21話

 土曜日。

 洗面台で髪型を整えていると、夜ふかし後の妹が起きてきた。


「んにゃ、兄貴ぃ、おはよう~」


 髪の毛はボサボサ、よれよれのキャミソールからは膨らみかけのアレとアレが見えてしまっている。特に気にするでもなく、豪快にうがいをすると歯ブラシを突っ込んでいる。


「随分遅いな。またゲームか」

「おう、うぇーはーほゲーマーのふぇいんふほひーふはメインストリームはほふはへ夜だぜ


 そう言いながら、反対の手でパンツに手を突っ込んでお尻を掻いている。


「そーですか」


 まぁそれは同意する。夜のゲームってなんであんなに集中できるんだろう。勉強もあれくらい捗ればいいのに。


「……てかさ」


 歯磨きを終えた妹が口を拭いながら、俺の頭髪を見つめながら言った。


「出かけんの?」

「ああ、まぁな」

「ほーん……」


 そう言いながら、今度は上から下に視線を動かしている。


「な、なんだよ」


 そして最後にニヤリを笑って、言った。


「デートか」

「なっ!」


 なぜわかったんだ!? 


 気合は空気を通して伝わってしまうものなのだろうか。


「まぁ、今更どう頑張ったって、変わんないって。衣央ちゃんはそんなこと気にしないだろうしね」


 そう言って、何かわかりきった顔で俺の背中に平手打ちをしてくる妹。


「痛ぇよっ。てか、なんでそこで衣央璃が出てくるんだよ」


「え? だってデートって言ったら――」


 そして俺の顔を見た妹は、信じられない物を見たような顔をして、コームを落とした。


「――まさか……別の女なの……?」


 そのあまりにも大げさなリアクションに、逆にコチラがあっけに取られていると、


「おかーさーん! 大変! おにいちゃんがー!!!」


 と叫びながらドタドタと駆けていった。


 俺が女の子と出かけることがそんなに珍しいのだろうか?


 ……珍しかったわ。残念ながら。





 待ち合わせの駅は今日も人で溢れている。時計台の前には、めかし込んだ男女が並んでいる。今更ながらに気がついたことだが、どうやらここはデート待ち合わせスポットらしい。


 映画に行く、ということだが、待ち合わせ場所が同じなのは、幸いにもこの駅にも比較的大きめの映画館があったからだ。どんな映画が見たかったのかは聞けていなかったが、恋に興味があると言っていたあたり、流行りの恋愛邦画でも選ぶのであろう。進んで見るジャンルではないけれど、この際なので、イケメンの立ち回りでも勉強しておこうと思う。


 約束の時間まではあと十分。早めに到着していた俺は、その間、人間観察をしていた。


 外出する機会が少ないと、こうして少し周囲を観察するだけでも、世の中はこうも恋に溢れているんだ、と思い知らされる。一年前の俺なら吐き気がしそうな光景なんだろうけれど、今ではその印象も大分違って見える。なにせ、今、俺はそのうちの一人な訳だから。

 と同時に、この中に一体どれほどあのアプリを使ってる人がいるんだろう、なんて事も考えた。今目の前で甘い声を出しているカップルもそうだったりして。


 そしてふと前を見ると、綺麗な女の人が歩いていた。


 柔らかな素材のトップスに、スカートがふわりと揺れて……


「――水谷さん」


 それが水谷志吹だと気づいたのとほぼ同時に、彼女もこちらを発見し、歩いてくる。


 それはなんだか、映画のワンシーンのようだと思った。


「こんにちは。――Saiさん」


 心臓が、強く鼓動したのを、俺の耳は聞き逃さなかった

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