第20話
その晩、俺は衣央璃の家で晩ごはんをごちそうになった。
「才ちゃん、ごはんはこれくらい?」
梨花さんは日本昔ばなしにでてくるような山盛り茶碗をかざして訪ねてくる。
「いえ、あ、ちょっと多いです」
「んえー? 育ちざかりなんだから、そんぐらい食べなさいよ」
「お母さん、才賀は少食だから」
そう言って衣央璃が茶碗を受け取り、ご飯をおひつに戻していく。
「男の子全員がたくさん食べるわけじゃないんだよ。はい、才賀」
「おう、ありがとう」
そのやり取りを見て、梨花さんは何やらニヤニヤしている。そして頬に手をあてながら、残念がった。
「つまんないのー。作り甲斐がないわー。あんたももう少し食べてくれればいいのに」
「私は逆に食べる方なんだけどね」
「そうなの?」
「うん、クラスの子とか、すごくちっちゃい弁当箱の子とかいて。驚いちゃう」
「でたでた、少食女子ってやつね。そういう子はおっぱい大きくならないぞー」
それを言いながらこちらを見る梨花さん。ここで話題を振らないでほしい。思わず衣央璃の胸元に視線が行きそうになる。
「もう、お母さん。んじゃ、食べよう」
「そうね。んじゃお食べ」
「「いただきます」」
久しぶりに食べる梨花さんのご飯はとても美味しかった。梨花さんは近所でも美人ママとして有名だ。サバっとした性格で、俺たちが幼い頃、子どもたちにも大人気だった。ノリがいいし、一緒にボール遊びもしてくれる、エネルギッシュな人だ。
「あーあ、うちも男の子が欲しかったなー。才ちゃんみたいな構い甲斐のあるのがいてくれればよかったのに」
そんなお母さんの血を色濃く引いた衣央璃のお姉ちゃんはこれまたエネルギッシュな人で、俺たち子供たちを一纏めにできる、いわゆるガキ大将だった。今年の初め、大学のために引っ越していった。そんなパワフルな二人と打って変わって、衣央璃はおっとりしていておとなしい。
「お母さん、お姉ちゃんが出ていっちゃって、寂しいんだって」
衣央璃が言うと、梨花さんはわかりやすく頬を膨らませて見せた。
「だって、あんた、張り合いないんだもの。誰に似たのよ」
「すみませんね、つまらない女で」
衣央璃と梨花さんはいつもこんな感じだ。お茶目で元気な母と、おっとりしっかり者の娘。我が家の妹と母も仲が良いが、女同士というのはこういうものなのだろうか。男の立場から言えば、親父との関係はもうちょっと複雑に感じる。
「ごちそうさまでした」
他愛のない話をしながらご馳走になっていたら、すっかり遅くなってしまった。俺は改めてそう言いながら、リビングを出ていく。
「はーい。またいつでも遊びにくんのよー」
台所で叫ぶ梨花さんの声は、衣央璃がリビングの扉を締めて、途中で途切れた。
「ありがとうね、母さんの話に付き合ってくれて」
靴を履く俺の後ろから、衣央璃が言う。
「はは。梨花さんも相変わらずだね。元気そうでよかったよ」
「あの人はいつも元気だから」
立ち上がって、衣央璃の顔を見る。少し気恥ずかしそうだが、顔色は悪くない。
「来週はちゃんと学校来いよ」
「……うん。わかってる」
「あと、寺坂さんには連絡してやれよ。心配してたぞ」
「うん」
学校に行けば、あの明美という子にも会うのだろう。だが、衣央璃なら大丈夫だろう。真帆も、今度はちゃんとフォローしてくれるはずだ。
「じゃあ」
そういって片手を挙げて玄関に触れた時だった。
「――あ、ねぇ才賀」
思い出したように衣央璃が言う。
「明日、何してる?」
「明日?」
明日は土曜日。
――そして、水谷さんと会う約束をしている。
「……出かける予定だよ。遊ぶ約束があって」
思わず、視線が泳ぐ俺。なんでだろう、悪い事はしていないはずなのに。
「そっか」
「何かあるの?」
俺がそう尋ねると、瞳を閉じた衣央璃は「ううん」と左右に首を振った。
「お前はちゃんと休めよ。一応体調不良なんだから」
そう言って俺は衣央璃に指をさした。
「はぁーい」
仕方なさそうに返事して、そして笑顔になる衣央璃。まだ本調子という訳ではないだろうけれど、元気になったと思う。心配は無さそうだ。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
俺はそういって玄関を出た。
見上げれば、満点の星空だった。思えば、こうして星空を見上げることもなかったことに気づく。衣央璃とわかり会えたことで、心が少し軽くなったのだろう。
でも、明日の事を考えると、なんだか複雑な気持ちになった。
俺はそれがどうしてなのか、わからなかった。
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