1ー5 俺と彼女の昔話

第18話

「それで、どういうこと?」


 周囲の注目から逃れるように、俺達は屋上へ避難していた。

 ここでなら、会話を聞かれることも無い。彼女をベンチに座るよう促し、俺はフェンス越しに遠景を眺めていた。


「昨日からメッセージ送ってるんだけど、一度も返ってこなくて」

「……先生はなんて」

「朝、体調不良って連絡があったって」


 衣央璃が体調を崩すなんて、たしかに珍しい。泣き虫だが、風邪を引いたり熱を出したりほとんどしなかった。


 やはり、昨日の事が堪えているのだろうか。


 ――俺が、泣かせたからだろうか。


「どんな時でも、連絡はちゃんとくれるのに……」


 思いつめた表情の真帆。心配してくれているあたり、やっぱりちゃんと友達なのだろう。


「……わかったよ。帰りに寄って、様子を見てくるよ」


 それが一番早い。

 衣央璃のお母さんはよく知ってるし、通してくれるだろう。


「ありがとう、有坂君」

「じゃあ、さっそく行くよ」


 俺がそう言ってドアに手をかけた時だった。


「待って! 有坂君!」


 真帆は今までに見たことのないくらい真剣な眼差しをしている。


「衣央璃と会うまでに、話しておきたい事があるんだ。……大事なことだから」






 俺は走っていた。学校から家までの道のりを、一度も止まらずに。

 脇腹が痛いのなんて、すでに通り過ぎた。

 でも今、俺は走るのをやめる訳にはいかなかった。


 衣央璃の家の前に到着するなり、チャイムを押した。


「はい」

「あ、あの! 有坂です!」

「あら、才賀君? ちょっと待ってね」


 数秒後に、玄関を開けて衣央璃のお母さん、梨花りかさんが出てきた。


「お久しぶりです」

「こんにちは、才賀君。身長、伸びたんじゃない?」

「ええ、少しだけですが。それで」

「うんうん、まぁ、とにかく上がって」


 梨花さんに誘導される形で、玄関をくぐっていく。昔は何度もお邪魔したけれど、ここ数年はそんなことも無くなっていたな、と、その景色、空気を感じて思い出す。


「お見舞いに来てくれたのね。ありがとう。あの子なら部屋にいるから」


 そういって梨花さんは手招きをする。俺は靴を丁寧に脱いで、お母さんの後をついていく。


「なんだか知らないけど、ずっと部屋から出てこないのよね。あたしが入ろうとすると怒るのよ。いやだわぁ、今更反抗期だなんて。……ひっぱり出しちゃっていいからね」


 衣央璃の部屋は二階だった。そういえば、この階段から転げ落ちた事もあった。たまたま打ちどころが悪くて額が少し割れて、二人からものすごく謝られたっけ。

 あの時はどうして転げ落ちたんだっけ。


「衣央ちゃーん。才君が来てるわよ」


 そんなことを考えていたら、衣央璃の部屋の前に到着した。お母さんがノックして部屋の中に話しかけているが、反応は無い。


「寝ているんですかね」

「いや、それはないわよ。だってあの子、熱ないもの。サボりよ、サ・ボ・り」


 梨花さんがしたり顔で言う。その数秒後に、ばぁん、と何か柔らかいものが扉に叩きつけられる音が聞こえた。


「――ね?」

「……どうやら、そうみたいですね」


 さすが母。娘の事はすべてお見通しらしい。引きこもっている娘にちょっかいを出せるお茶目さが、相変わらずだ。梨花さんは何か思いついたのか、とても悪い顔をしたあと、声のボリュームをあげて言った。


「じゃあ、あとはお若いお二人でどうぞ。あたしは晩ごはんの準備で忙しいからー。あ、才賀君、どうせなら晩ごはん食べていきなさいよ。お母さんには連絡しとくから」


 そしてウィンクが飛んでくる。


「すみません」

「じゃ、あの子のこと、頼んだわね」


 梨花さんは立ち去り際に、そう耳打ちをして去っていた。階段の下の方から、俺の母さんと電話している声が聞こえたが、リビングの扉が締められると同時に、それも聞こえなくなった。


 俺は扉の前にたち、深呼吸をして、そして静かにノックした。


「……衣央璃。入るよ」


 数秒間待って、返事はなかった。だが、俺は扉を開けて中に入った。


「衣央璃」


 久しぶりに入る、衣央璃の部屋。昔と変わらない。そして、彼女はいた。



「……だめって言ったのに……」



 僕の幼馴染は、パジャマ姿で、ベッドの角で膝を抱えていた。

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