第17話

 昼休み中、俺は水谷さんとメッセージ交換をしていた。

 真面目な彼女はおそらく、授業が始まってしまえばスマホをみることは無いだろうから、今が勝負だった。



 Sai :『今度の土曜日はどうですか?』

 Ivuki:『午後からなら空いています。』

 Sai :『じゃあ、そこでお願いします。』

 Ivuki:『こちらこそよろしくお願いします。』

 Sai :『どこか行きたいところはある?』

 Ivuki:『映画を見みたいです』

 Sai :『わかった。じゃあ、土曜日。◯◯駅で。楽しみにしてる。』

 Ivuki:『私も楽しみです』



 端的だが、なんとか会う約束まで取り付けた。


「なんだか、本当にデートみたいだな」


 そう思うと、胸がドキドキしてくる。じっとしていられなくなる。


「こういうことなのかもな、恋人が欲しいってのは」


 これは人助けだ。俺が恋をしている訳でも、水谷志吹が恋をしている訳でもない。


 だけれどこのやり取りは、まるで恋人のようだと思うのだ。そう錯覚するだけでも、ドキドキが得られるのだから、本物の恋に夢中になる人もわかる。憧れる気持ちも、わかる。


 水谷志吹は人付き合いが得意そうには見えない。もちろんそれは俺もそうなのだけれど、俺よりももっと、という意味で。このまま出会い系を続けていても、良い相手を見つけるのは時間が掛かりそうだ。

 何より、そこで見つけたところで、彼女の学生生活が改善する訳じゃない。ボタンの掛け違いで始まった、氷の女伝説。一度ついてしまった印象を拭わない限り、彼女の学校生活は充実したものにならないのだ。


 なんとか、してやりたい。

 レッテルに苦しむ、同志として。


 俺は自分の気持ちをそう整理して、教室に戻った。





 授業が終わり、帰り支度をしている時、鏡介が俺の肩を叩いた。


「お客さんだぜ」

「……衣央璃か」


 この時間に来るのは、だいたい衣央璃と相場は決まっていた。俺は昨日の事を思い出し、気分が落ちるのを感じた。彼女に対してどうすればいいのか、自分の中で結論が出ていなかった。


「んにゃ、違うぜ」


 驚いて振り返ると、鏡介が親指で後ろの方を指している。その大きな背中を避けるようにして見てみれば、教室の外に、見覚えのある女子生徒が立っていた。


 ――衣央璃とよく一緒にいる子だ。

 ――鏡介とカラオケに行って、そして明美という女と一緒にいた。


「有坂君」


 教室を出ると、その子が神妙な面持ちで言った。胸の前で手を合わせて、何やら落ち着かない様子だ。


「えっと、何?」


 俺はわかりやすく悪態をついた。衣央璃に直接言い寄ったのはこの子じゃない。が、その場にいたのには変わりない。

 その子は気まずそうに言った。


「私、寺坂てらさか真帆まほ。衣央璃とは友達なんだけど……」

「――友達、ね」


 友達がするようなことには思えなかったけど。


「その、……ごめんなさい!」


 真帆は、いきなり頭を下げた。


「ちょ……なんのつもり……」


 周囲が何事かと、ざわつく。


「私、止められなくて。有坂君にも嫌な思いをさせちゃって。……本当、ごめんなさい」


 これは昨日の事を言っているのだと、すぐにわかった。


「僕はいいよ。それよりも、それは衣央璃に言うことなんじゃないかな。もう伝えたの?」


 真帆は顔を下げたまま、顔を振った。ショートカットの髪が揺れている。


「じゃあ、今からでも言いに行こうよ。僕も行くから」


 それが仲直りのきっかけになるなら、俺はそれでいい。そう思った。


「それが……」


 歩き出そうとした俺を、その声が呼び止める。



「――衣央璃、学校来てないの」

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