第16話

「……なんだよこれ」


 メッセージを読んだ時、なんとも言えない気持ちになった。まるで、今生の別れみたいじゃないか。


 俺は混乱した。


 水谷志吹は、学校では話しかけないで、と俺に言った。それを俺は、拒絶だと思った。短い間だったけど、それでも濃密な会話をしたと思っていたのは俺だけで、私のフィールドに入ってこないでと、関わらないでと、そう言われているのだと思った。


 だけど、このメッセージからは、そんな感じがしてこない。なんでそんなに寂しそうに言うのだろう。まるでこれじゃあ、俺から彼女を拒んだみたいじゃないか。


 ただのクラスメート。この先も接点がないと思っていた。そう言ったのは、他ならぬ俺だ。あのままだったら、きっと俺達はあの先もずっと、ただのクラスメート以下の、他人でしかなかった。


 でも昨日。俺は水谷志吹と出会った。出会い系アプリで、俺の知らない彼女と、俺を知らない彼女と出会ったんだ。


 ――それは、俺が成し遂げたかったことなのではないのか。


「……このままでいいのか。俺」


 俺は彼女を知りたいと思った。今、強くそう思ってる。


「……何もしなくていいのか。俺」


 氷の女と呼ばれた水谷志吹。本人がそう呼ばれたくないことも、友達を欲しがっていることも、作り上げられてしまった虚像を作り変えられなくて苦しんでることも、全部、聞いてしまった。


 ――本当にこのままでいいのか? 何もしなくても。


 ――クラスメートとして、どうなんだ。


 ――一人の男として、どうなんだ。



「……どっちもまずいに、決まってんだろ」


 だったら、俺がすべきことはなんだ。


 ――そんなの、決まってる。





 翌日。俺は早速行動に起こすことにした。


 水谷志吹を孤独にしないためには、まず氷の女のレッテルを塗り替える必要がある。

 話は簡単だ。俺が話しかければいい。

 そうして会話しているところを他のクラスメートに見せれば、水谷志吹のイメージは改善するはずだ。あとは実行に移すだけ。


 ――しかし、これが全くうまくいかなかった。



「うがぁああ! ちくしょう!」


 昼休み。俺は屋上で盛大に頭を掻きむしっていた。


「避けてる。ぜーったいあれは避けてる」


 最初のチャンスは朝礼前だった。

 あくまで自然を装う作戦だった俺は、教室に入りるとき、彼女の前を通り過ぎ、「おはよう」と声をかけた。そう、自然にだ。だからすぐにでもオウム返しがあると思った――が、シカトされた。見事に聞こえないフリをされたおかげで、その付近にいた女子がテンション高めで返事をくれることになった。


 次のチャンスは三限目の移動授業の時。

 俺は前の授業の終了と同時に移動先の教室に向かい、忘れ物をしたていで引き返した。そこで、早めに次の授業に向かう水谷とすれ違う。真正面からすれ違うなら、声をかけるくらい訳がないはずだ。


「やー水谷さん、恥ずかしいことに忘れ物しちゃってさー!」


 と能天気を装い話しかけるも、そのままスルー。俺は虚空に向かって笑顔を振り向いていた。

 思い出すだけでも恥ずかしくて死にそうだった。


 他にもチャンスは伺った。

 だが絶妙な立ち回りによって、近づくことさえ叶わない。


「俺、やっぱり嫌われてんのかな」


 他の女子だったら、こうはならなかっただろうと思う。仮にも、学校内じゃ注目株だ。陰キャの俺だって、きっと会話くらいはしてくれるはずだ。


 そこまで考えて、少し嫌な気分になる。金でモテていることを自覚して立ち回ろうとしているのが、なんだか気持ちが悪い。


 思えば、水谷志吹は、俺が金持ちになったという話しをしても、態度を変えなかった。俺の両親を素直に称賛してくれたし、金と恋愛は関係ないとも言っていた。彼女にしてみれば、最初から俺のステータスなんて、どうでもいいのだ。


「何か、つながりがあればなぁ」


 そこまで考えて、俺はようやく気がついた。


「――あるじゃないか」


 なんでこんな簡単なことに気づかなかった?


「――俺と水谷さんにしかない、つながりが」


 俺はポケットからスマートフォンを取り出した。

 そして、


 あのアプリを起動した。


「最初からこうすればよかったんだ」


 彼女から送られてきた最後の言葉――お元気で。

 俺はその次に、メッセージを重ねた。



『もう一度、Ivukiさんと会いたいです。』



 俺の思い違いじゃなければ、彼女は今も、求めているはずだ。


 自分を知らない誰かを、氷の女の水谷志吹を知らない誰かを。


 だから、今の俺じゃだめなんだ。クラスメートの有坂才賀じゃあ、だめなんだ。


 でも、俺ならできる。俺だからこそ、できるんだ。


 出会い系で出会った男なら、「Sai」というもうひとりの俺ならば。 



 


 スマートフォンが鳴動し、アプリのアイコンが光り輝く。


 震える指先でなぞれば、そこは答えが示されていた。






 『私も会いたいです。』 

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