第15話

「やぁ、Sai君」

「……どうも」


 声の主は表記どおり、相変わらず渋い声のDaさんだ。精神的にキテる時に、余裕を感じる声は、男としての器の差を見せつけられているようで、なんだか落ち込んだ。


「うまく行ってないみだいだねぇ」

「そう簡単には行きませんよ。もともと、陰キャっすから」


 俺の応えに、Daさんは深い声で笑った。


「そうかい。そう言いながら、すでに連絡は取っていたじゃないか。会ったんじゃないのか?」

「……なんで分かるんですか」

「ええ、なんでってそりゃ、開発会社の人間だよ、私は。その気になればチャットの中身だって見ることができるんだから」


 なんてことだ。Daさんにはどうやら、全てが筒抜けらしい。


「とは言え、君たちのプライバシーを侵害するつもりはないから、さすがにチャットの中身まで見たりはしないさ」


 まぁ初心な会話なんて見れたもんじゃないけど、と愉快そうに付け足している。


「どうだった、アプリは」


 きっとDaさんはアプリの改修などを命じられているのだろう。市場調査というやつなのかも知れない。ここは素直に感想を伝えておこう。


「いや、実際すごかったですよ。選んだ項目にピッタリの子ばっかりで。それと――」

「――こんなに出会いを求めている女の子がたくさんいるとは思わなかった、かな」


 まるで心が読めるかのようなコメントに、思わず黙り込む。


「みんな恋したいんだよ。だって、青春っていったら、恋だろう。君がいかに奥手だったのかを知るいい機会だったでしょう」

「……まぁ、そうかも知れませんね」


 そうなのかも知れない。だって、あの水谷志吹でさえ、恋をしたいと言っていたのだから。

 あの明美って子も


 そしてきっと、衣央璃も。


「他のみんなはどうなんですか?」


 俺は仲間の進捗が気になった。これはゲーム、試合だ。誰が一番最初に彼女を作るか。


「どうだろうねー。積極的、という意味では、君はダントツ最下位だね」

「本当ですか!?」

「うん。みんな、バンバン連絡取ってるよ。すごいねー、若い力だよね」


 あの陰キャ仲間達が積極的にだって? なんだか信じられない。


「けどまぁ、惨敗の様子だよ」


 Daさんはふふ、と意地悪く笑う。


「会ってもらえないとか、返信すらもらえてないってのが、大半かな。そういう意味では、いち早く約束を取り付けた君に、期待していたんだけどねぇ」


 アプリでは、返信したり、約束OKのフラグをつけることができる。これによって、自分が今どういう状況かをアピールできるようになっているのだと思われる。


「他には、どんな事がわかるんですか?」

「うーん、そうだな。例えばその地域で登録している子の数とか、傾向とか。高校名を正しく入力しているんだとすれば、その学校で何人利用しているかまでわかる」


 そんなことまでわかるのか。個人情報って怖いな……。


「ち、ちなみに、うちの学校で利用している人は、他にもいるんですか?」


 俺は興味が湧いた。俺と水谷志吹以外で、このアプリを利用している生徒が他にもいるのだろうか、と。


「いやー、流石にそれは教える訳にはいかないな。大人の事情すぎる」

「そう、……ですよね」


 Daさんは少し考え込むと、受話器でも聞き取れるようにため息をついて、言った。


「少なくとも二桁はいる」


 二桁!?

 小さく見積もって十人、多いと百人近いということか!

 ――そんなに多くの人が使っているのか。


「いまのは独り言。これ以上は流石に何を聞かれても言えないよ」

「すみません、教えてもらって」

「……Sai君、ひとついいだろうか」


 Daさんは急に声色を変え、大人な感じで話し始めた。


「他の誰と比べたって、気にしたってしょうがない。君は君だ、Sai君。君には君のいいところが、勝負できるところがあるはずだよ。そしてそれをわかってくれる人も」

「……はい」

「少なくとも言えるのは、そういう人と出会うためには、数だ。いいか、世界の半分は女だ。学校なんて狭い世界に、絞り込まれた世界に、君にピッタリの人がいるだなんて、そんな甘い数字じゃないんだよ、世の中は」


 大人の声と、大人の理屈。真剣なトーンでそれは語られている。


「だから、たくさん出会う。そして人を知るんだ。それは、君にきっと、いい結果をもたらすよ」


 ――それに景品もかかってるしね。

 Daさんからの通話は、そこで切れた。



「色々な人との出会い、か」


 確かに、言う通りな気がする。そういう意味で、俺はまだスタート地点にも立っていない。結局出会ったのは、クラスメートだったんだから。


 俺は早くも懲りそうだったのを、Daさんにケツを叩かれたのだと気づく。悔しい気もするが、頑張るしかない。

 そう思い、アプリを起動する。真っ先に登場したのは、Ivukiの画像だった。


「水谷さん、まだアプリをやってるんだ」


 そこで、胸の奥がもやっとする感じを覚えた。

 こうしてアプリをやっているということは、今も、色々な男から連絡が来ているに違いない。そうすると、彼女はきっとその内の誰かと――会ったりするのだろうか。


「……別にいいじゃないか、そんな事」


 そうつぶやいて画面にもう一度目を落とすと、メールマークに①と表示されていた。メッセージの相手は、Ivuki。


「水谷さん」


 俺は呼吸を整えてから、そのメッセージを開いた。




『Sai君へ

 昨日はありがとう。

 まさか有坂君だとは思わなかったから、びっくりしました。

 クラスメートなのに気がつけなくて、ごめんなさい。

 でも、初めて会ったのが、貴方で良かったです。

 

 次に会う人も、貴方みたいに優しい人だといいな。

 

 お元気で。』

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