第14話
玄関で靴を脱ぎ捨てる。気分は最悪だ。
「あ、兄貴、おかえり」
リビングに入ると、薄着の妹がソファに寝転んでいた。――制服のブラウスとスカートを脱ぎ捨てたばかりなのが丸わかりの、タンクトップとパンツ姿。我が妹に恥じらいは期待できない。
「ただいま」
「うわっ。暗っ」
冷蔵庫に向かい、炭酸飲料を取り出す。陰キャゲーマーは炭酸がないと生きていけないのだ。
「ああ。お兄ちゃんな、今ちょっと死にたい気分なんだ」
「は、何言ってんの。むしろいつ生きてたの」
「逆にいつから死んでたんだよ」
さらっと辛辣な事を言う妹。
別に仲が悪いわけじゃない、こいつの場合は口が悪いのだ。
「お前、冷たいよな。死んでる状態なんだったら、生き返らせてくれたっていいだろ」
「あたし、課金アイテムは使わない主義なんだよね」
「うわっ、蘇生が課金とかソシャゲーかよ。もって一年だな、そのゲーム」
なんてくだらないことを、お互いに無表情で話すのが俺たちだ。
「……また新しいゲームやってんのか」
妹が手にしたスマホに映る画面。先週までドハマリしていたものと、また随分色合いが違う。
「そ。今流行ってんの。てか勝手に人の画面覗くなし。きもっ」
若い世代はその分移り変わりが早いという。中学生世代となれば尚更だ。兄貴の俺が見ても感じるのだから、親から見ればもっとそうなんだろう。
「お前、学校の友達に対してもそんななの?」
「は? そんな訳ないじゃん。あたし、これでも愛嬌良い方で通ってるし」
「ゲーマーなのに?」
「うわー、やだね。ゲーマー=陰キャ説。今どきゲーマー女子はモテるんだっつうの。それに兄貴と違って、おしゃれに気ぃ使ってるしねー」
俺はそれを聞きながら、食い込んだ色気のないスポーツパンツを見て、思わずゲップをした。
「キッたね。てか落ち込んでんなら早く部屋行ってよ。こっちに負のオーラ撒き散らさないでよ。
まるで汚い野良犬を追い返すような手付きだ。
「わかったよ、んじゃ部屋行くよ。死んでても悲しまないでくれ」
リビングの扉に手をかけるが、一度も振り返らない妹の自由に酔いしれる姿をみて、少しでも慰めを期待したことを後悔した。
「オッケー、おかんに保険金たんまりかけとくように言っておくねー」
最後まで辛辣な妹の煽りを遮るように、リビングの扉を閉めた。
――君に悩みが無さそうで、お兄ちゃんは良かったよ。
「あー、死んだ」
無意味にそう口にしながら、ベッドに突っ伏した。気分はますます最悪だった。
「何やってんだ、俺」
衣央璃を泣かせてしまった。あいつの涙を見るのは、いつ振りだろうか。
幼い時、泣き虫だった衣央璃の機嫌を取るのは俺の仕事だった。笑わせるために、それなりに馬鹿をやったっけ。
大人になるにつれ、あいつが女になっていくにつれ、そんなことはなくなった。泣いたり笑ったり、そういう自然なことが、いつの間にか恥ずかしいなんて思うようになった。いつの間にか、本音で話すこともなくなったような気がする。
『お前を泣かす奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるよ!』
幼き日の自分の言葉を思い出す。その言葉で太陽のように笑う衣央璃。
俺は拳を握り、自分の眉間に叩きつけた。
「かっ……い、ってぇ!」
その拳を自分に向ける日が来るとは思わなかった。
――明日謝ろう。
――でも、どうやって?
「……はぁ……」
衣央璃がなんで泣いたのか、俺にはわからなかった。でもそれを聞くことは、もっと難しいように思った。そもそも明日、口を聞いてくれるかもわからないのに。
「リアルはクソゲーかよ……難しすぎんよ……」
こういう時、どうしたらいいのだろう。
「水谷志吹なら、どうするんだろう」
なんの前触れもなく、突然そう思った。水谷志吹とのよくわからない関係と、あのやり取り。ここ数日で、俺の前には理解不能な超難題が山積している。頭が混乱して、もうどうしていいのか、わけがわからなくなっていた。
「明日学校休もうかな」
そんな時、スマホが鳴った。
着信欄には、DaSaitamaと書いてあった。
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