第10話
「わかるって、私の気持ちがわかるってこと?」
本当? と言いたそうな瞳がこちらに向けられる。
「うん。きっと、多分」
「そう。そんなこと、言われたことなかったわ」
彼女は照れ隠しをするように、指を弄んでいる。
「まぁ、僕も似たようなもんだから」
俺はこの短い時間で、彼女に親近感が湧いていた。
「そういえば、貴方はどうしてあの場所に?」
すべてを話終えてすっきりしたのか、余裕のある表情でこちらに視線を送っている。今度は私が問いただす番よ、とでも言いたそうだ。根掘り葉掘り聞いたのは俺だし、ここで応えないのは申し訳ない。
「知人に勧められてね。彼女くらい作りなさい、って。余計なお世話だとは思ったんだけど、まぁ僕も興味がないと言えば嘘になるから、どうせならって思って」
そこに勝負がかかっていることは敢えて言わなかった。
「彼女くらい、って。その方は随分気軽にいうのね」
「ああ、なにせその人は大人だから」
「大人」
志吹はそう言って顎に触れてから、人指し指を立てる。
「酸いも甘いも経験済み、みたいな?」
「多分そう。……それがどんなことかは、僕にはわからないけど」
というのは少し嘘だ。高校生の男子たるもの、男女が付き合えば何をするかくらいのことは、さすがにわかっているつもりだ。だがそばにいる純真な女性を前に、そんな話題に触れたくはない。
「じゃあ、私からもいくつか突っ込んで聞いても良いかしら」
「どうぞ」
「貴方はさっき、私に言ったわよね。彼女を作るだけなら学校の中から選んだ方が、って話。それは貴方にも言えることだと思うのだけれど」
「ああ、それね」
俺は周囲を見渡す。一応学校関係者が周囲にいないかどうかのチェックだ。
「僕も同じだよ。僕を知らないだれかと、出会いたかったんだ」
「……あなたも印象に悩みが?」
「まぁ、そんなとこ」
俺がそういうと、彼女はまたうーんと考え始めた。顔を見てもクラスメートだとわからなかったくらいだ。きっと、俺に起きた変化など知りもしないだろう。
「それって、貴方が『調子にのって女を選り好みしている』ってことと関係が?」
「なんだよそれ!?」
思わず声のボリュームが上がってしまった。後ろの座席の数名が何事かと振り返っている。彼女も肩をすぼませ、呆気にとられてしまっている。俺は照れ隠しの咳き込みを入れたあと、ゆっくりと席に座った。
「ちょっと、それ、どういうこと」
俺は乗り出し、小さな声で彼女に問いただす。
「いえ、その、私は詳しくはわからないのだけれど」
俺の圧に少しヒきながら、言い訳するように彼女は答える。
「ど、同級生達が、ここ最近になってそんな事を言っていたような気がして。もちろん耳から入ってくるっていうだけで、でも、あまりにもそれが多いから、それで、有坂君っていう人は凄いモテる人なんだなって……」
「……それだけ?」
彼女は首を縦に振っているはいるが、目線が右上の方を泳いでいる。
「まぁ、いいけど」
諦めて圧をさげれば、ほっとしている志吹が目に入った。どうやらこの人は、嘘というものが付けないタイプのようだ。
「……モテてなんかいないよ」
「そうなの?」
俺はもう一度周囲を見渡して、小さな声で言った。
「俺の親が最近成功したんだ」
「まぁ」
「それで、我が家は小金持ちになったんだけど、それが周りに知られてしまった。そしたら、急に言い寄ってくる女の人が増えた。そういう人を断ってる、ってだけ」
その変化は本当に急にやってきて、そして露骨だった。以前は、女子の多くは話しかけてこなかったし、俺にもそのつもりはなかった。必要最低限の会話だけ。
でも知れ渡ったあとは、嘘みたいに人が集まってきた。親父の事、仕事のこと、お金の事。まるで実は俺が凄い人だったみたいに囃し立てられた。それが、とにかく不快だった。
凄いのは俺じゃない。俺の両親だ。
――そして俺の両親は、努力したんだ。
でも周囲がするのは金の話ばかりだった。全く最悪だった。そんなの、モテなんて言えるものか。
「一つわからないのだけれど」
またしても彼女は顎に手を触れながら、考え込んでいる。
「貴方の両親が成功したことはとても素晴らしいことだと思うけれど……」
そして彼女は、まっすぐな瞳で、こう言った。
「それが貴方に言い寄る理由になるのかしら」
その言葉に、俺は頭が一瞬、真っ白になった。
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