第8話
「えっと、落ち着いた?」
「はい」
くしゃっと握られたナプキンとともに、その両手が腿の上に据えられていく。指先で弄ばれる紙ナプキンを見る限り、十分に落ちついたとは言えなさそうだ。
「じゃあ、まわりくどいことは辞めて、単刀直入に」
それでもそわそわしている水谷さんを見るのは、なんだか俺の方も落ち着かなかった。クラスであんなに堂々と座って、誰にも流されないみたいな、氷の女とまで揶揄される彼女が、俺の一言でこうも振り回わされてしまっていることに、なんだか妙な罪悪感を覚えるのだ。まるで俺が彼女をいじめているみたいな気分だ。流石に心持ちが良くないので、俺としてもこの話題を早く終わらせたかった。
「水谷さんは、彼氏が欲しかった。だからコレに登録した。僕からの問い合わせに応じたのは単に話しやすそうだったからで、深い意味なんてなくて、むしろクラスメートだと気付いていませんでした、ってこと?」
しばらくの沈黙を持って、彼女はゆっくりと頷いた。
俺は深い溜息をついて、頭を掻きむしった。
「……それ、本当?」
「本当よ!」
彼女が食い気味でこちらに振り返る。潤んだ瞳には太陽光が差し込み、魅惑的な輝きを放っている。おそらく無意識で放ったであろうその表情に、思わず俺は顔を逸してしまった。
「嘘偽りなく?」
「嘘偽りなく」
「ただのひとつも間違いなく?」
「ただのひとつも……」
微妙な沈黙に、俺は振り返って問いただした。
「どの部分が?」
「……話しやすそうだったから、という部分」
それ、一番大事なところじゃないか。少し傷つく。
「……他には?」
「他はないわ」
「なるほどわかった」
そう言って俺はアイスコーヒーを吸い上げる。彼女もそれに続いた。
どうも、俺のイメージと異なる。水谷志吹は、こんな感じだったのだろうか。
彼女のイメージといえば、氷の女。常に姿勢正しく、時間に正確で、何でも人並み以上にこなしていく。その表情はクールで、まるで俺たちなんかとは住む次元が違うみたいな、そんな神聖視すらできる存在のように思っていたのに。
だけれど今となりにいる少女は、そんなイメージとはかけ離れた存在だった。確かにその容姿は相変わらず人形さんみたいで可憐だけれど、しかし神々のオーラを放つような重厚な存在感はこれっぽっちも持っていなかった。むしろ、たどたどしくて、他の女性なんかよりもよっぽど頼りなかった。まるで誰かと話すのを怯えているような。
「そっか」
そこまで考えて、俺の頭が理解した。このもやもや感の正体が何なのか。
「これは僕の考えなんだけど、水谷さんは多分、人と話すのがそんなに好きじゃないよね」
頬杖をつきながら放った俺の言葉は、彼女の急所に突き刺さったようだ。一瞬にして、彼女が氷のように固まる。
「なのに、どうして出会い系なんて」
微動だにしない彼女をよそに、俺は続けた。
「出会い系なら、はじめましてから始めないといけない。その分、相手と話さないといけない内容も増えるよね。彼氏を作ることが目的なのだったら、そんな努力をしなくても、校内で告白してきた誰かさんにイエスと言うだけで済んだと思うんだ。学校内のやつなら、それだけ水谷さんの事を知っているんだから」
相手を知っていれば、それだけ説明しなくてはいけないことも減るはずだ。話すことが、説明することが苦手なのであれば、はじめから知っている人を相手に選んだ方が、その苦労の量は減るじゃないか。
そう、単純に考えたんだ。
「……だから、問題なのよ」
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