1-3 たとえそうして出会ったとしても

第7話

「水谷志吹、さん」


 白いワンピースでこちらを見上げるIvukiさんは、確かに水谷志吹、その人だった。

 彼女は俺の顔を見上げながら、まるでPCがフリーズしたように、ピタリと動かなくなった。


「水谷志吹さん……だよね。うちのクラスの」


 顔をまじまじとみるが、やはり間違いなく水谷志吹その人だった。固まっている彼女は、本当のお人形さんのようだった。よく見ると、薄っすらとメイクがしてある。まとうワンピースが涼しげで、彼女の華奢な体をより一層引き立てていた。


「えっと」


 彼女はそうこぼすと、今度は右下の方を向いて眉間に皺を寄せた。何かを思い出そうとうーんと唸っている。


「無理に思い出そうとしなくていいよ。多分出てこないから」


 やはり彼女はあまり他人に興味がないのかも知れない。数ヶ月一緒に過ごしたクラスメートの顔も出てこないのだから。


「有坂才賀。僕の名前。ちなみに同じクラスだよ」


 自分を指差しながら言うと、彼女の顔がはっとして――


「銃のきみ!」


 と、よくわからないことを言った。


「え、なんて?」


 僕が聞き直すと、またしてもはっとした様子で、「ごめんなさい」と頭を下げた。


「名前の覚え方を、ちょっと」


 と、やはりよくわからないことを零したあと、


「クラスメートの顔を覚えるのが、どうも苦手で。失礼しました。有坂、才賀君」


 そういって、体裁を整えるように笑顔を作った。笑顔と言っても良いかは微妙な感じだったけれど。


「いや、気にしていないよ」


 関心を持たれていないということは、こういうことなのか、と少しだけ考えた。


「なら良かった。それで、早速なのだけれど――」


 彼女はそう言って胸に手をあてて、こちらを覗き込むようにして、意を決したように言った。


「どうしてあなたがここに?」

「それはこっちのセリフだよ」


 そして、二人の間に気まずい雰囲気が流れた。




 立ち話もなんなので、ということで、とりあえず近場のカフェに移動した。高橋さんが言うような大人で高い感じのではなく、どこの駅にでもあるような、高校生にはちょっとだけ贅沢なカフェだ。意外にも混雑しており、俺たちは路面ガラスに面したハイカウンターに、横並びで座った。 


 出会い系サイトで、クラスメートに出会った。

 それも、氷の女と有名な、無口な美少女。


 相手にしてみても、なぜクラスメートがその場にいるのか、全くわからないだろう。そんな気持ち悪さを前に、お互い家に帰るなんてできっこない。とういうことで、この場が持たれたのだった。


「それじゃあ、改めて、僕からいいかな」


 隣でつつましく座る志吹は、咥えたストローをゆっくり離し、小さく頷いた。


「水谷さんが、Ivukiさんなのは、間違いないんだよね」


「間違いないわ」


 そういうと彼女はポーチから携帯を取り出し、アカウント登録画面を見せてきた。確かにそれは管理画面で、アカウントを作った本人しか見ることのできないページだった。


「でも、面白い日本語よね」


 俺が頷いたのを確認すると、彼女は話し始めた。


「水谷さんは、Ivukiさんである。これを方程式にするなら、水谷=Ivukiということになるけれど、でも、これを展開してIvuki=水谷とすると、ちょっと語弊があるのよね」

「え」

「Ivukiはたしかに私が作ったアカウントだけれど、それでも私自身ではないわ。ということはそこに=を差し込むというのは、数学的には意味が異なってくるはずなのよね。だけれど日本語的には水谷=Ivukiというのは成立する。それって矛盾が成立するってことにならないかしら」


 彼女はなんだかよくわからないことを淡々と話している。真顔でしかし焦点が定まらない感じで、一体窓の向こうのどこを見ているのかわからない。何より声が小さくて、しかも微妙な早口で、後半の方はほとんど何を言っているかもわからなかった。


「あの、水谷さん?」


 俺がそう呼び止めると、またしても彼女ははっとしたように肩を跳ねさせた。そして次の瞬間には、まるでアニメの演出かのように紅潮していった。


「ごめんなさい。私、つい緊張して――」


 そういって彼女は紙ナプキンを手にとって、顔を隠すように俯いた。

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