第6話

 翌日。

 最後のホームルームが終わり、一斉に立ち上がる生徒の中、鏡介きょうすけが肩を叩いた。


「よう、どうよ、今日は。久しぶりにゲーセンでも」


 振り返ると、鏡介が決め顔で水平にした手のひらをぐるぐるとかいていた。格ゲーのコントローラーを表しているんだろう。


「いや、今日はちょっとな」

「なんだよ、つれないな。唯月いづきさんとデートか?」

「ばか。あいつとはそんなんじゃないって言ってんじゃん」


 最近の鏡介は事ある毎に衣央璃いおるの名前を出した。関係が悪くなった俺たちの事を気にしてくれているんだろうとは思うんだけど、たまに鬱陶しい。

 衣央璃の事はよくわかってるつもりだし、そんなことで壊れる関係なら、それまでだったってことだ。


「じゃあ、なんだよ」


 呆気にとられている鏡介に対し、俺はポケットから取り出したスマホの画面を見せた。


「これ」


 そのアイコンを見て、鏡介が目を丸くした。


「おまえ、これ」


「そ。そんで今日は会ってくるの」


 俺は何事もなかったかのようにかばんの中を整理し、鏡介の反撃に備えた。

 しかし、しばらくしても何も言ってこない。不思議に思って振り返れば、鏡介が見たこともない表情で、口をあんぐりと開けていた。


「……家の事とか知らない相手なら、悪くないかなって、思ってね」


 なんだか恥ずかしくなって思わず頭を掻いた。


「お前……お前ぇ!」


 そんな俺に、鏡介はひと目も気にせず豪快にヘッドロックしてきた。


「お父さんは嬉しいぞ!」


「いてて、誰がお父さんだこら!」


 向き直った鏡介は、しかし本当に嬉しそうに、キメ顔をこちらに向けてくる。


「俺はてっきり、お前が女嫌いになっちまったのかと思ったよ」

「……そうなる前の治療だと思って、行ってくるよ」

「そうだな、それがいい」


 鏡介はそう行って、拳を突き出し、俺の胸に当てた。


「頑張って来いよ」


 俺はかばんを背負うと、その手を軽く振りほどき、わざとキザに言った。


「適当にやるさ」


 そうしてクラスを出ると、衣央璃とその友達と立ち会った。


「あれ、才賀さいが、帰るの?」

「え、あー、うん」


 そう言って、俺は黙り込んだ。

 そういえば、帰り道にはだいたい衣央璃がついてくる。なんて言うか、考えてなかった。よりによって昨日にあんな感じだったから、余計に事実を言いづらかった。


「あー、そうだ、唯月さん達もどうよ」


 いつの間にか俺の後ろにたっていた鏡介が、大きな声で言った。


「俺達これからカラオケ行くんだ。唯月さんも行くっしょ」

「え、鏡介君と才賀君が?」


 驚いて振り向けば、鏡介がウィンクしてくる。話を合わせろ、ということらしい。


「あと俺の連中ダチも誘ってな。どう?」


 鏡介の乗りに乗ったのか、衣央璃の友達も一気にテンションがあがり、片手を大きくあけて返事をした。


「いいじゃん! それなら私もいくいくー! 衣央璃も行こうよ!」

「え、あ、うん――」

「んじゃ決まりな! さっそくGOー!」


 そう言って鏡介は2人の肩を押しながら廊下を進んでいく。ノリノリの友達と、困惑する衣央璃。この状況で俺はどうしたらいいんだと悩んでいたら、振り返った鏡介がこちらに向かって言った。


「という訳で俺達は先に行ってるから、才賀も早く用事済ませて来いよ!」


 鏡介が再びウィンクした。


「ああ、わかった。終わったら行くよ!」


 俺はそう叫ぶと、鏡介に感謝した。




 昨晩のやり取りで、待ち合わせは付近の主要駅という事になった。ここからなら電車で数駅。駅前には色々なものがあるし、退屈しのぎもできる。初の顔合わせには、ピッタリの場所だった。


 アプリを通じてのチャットによれば、相手も付近の女子高生という事だった。すすめられてアプリを始めたものの、どうして良いかわからず、困っていたという。出会い系で本当の恋愛ができるのか疑問にも感じているそうで、なんだか親近感が湧いた。俺は知らずうちに、彼女に合うのが楽しみになっていた。


 待ち合わせ場所に指定した時計台の下に到着する。時間まではまだ三〇分はある。ちらちらと学生が増えてきたあたり、付近の学校の帰宅部生徒達が集っているらしかった。俺はなんとなく落ち着かない気持ちで、ただ待つのが辛かったのもあって、駅前の家電量販店に入って時間を潰した。


 待ち合わせ時間に一〇分と迫るころ、俺はトイレで身だしなみを整えていた。あんまりかわらないかも知れないけれど、学校指定のシャツは新しめの、それもクリーニングが終わったばかりの奴を選んだ。髪型もいつもより丁寧にセットした。ここでの俺は、学校での陰キャ金持ちの俺じゃない。はじめましての俺だ。どうせなら、少しでも印象を良くしたい。暇さえあれば鏡をチェックする同級生のことを思い出し、ほんの少しだけその気持が理解できた気がした。


 時計台周辺には先程とは比べ物にならないほど人が溢れていた。目的の人を探すだけでも大変そうだ。そういえば、服装の指定をしていなかったことを思い出す。アプリでどんな格好をしているかと聞けば、白いワンピースだと言う。相手も女子校生なんだからてっきり制服で合うのかと勘違いしていたことに気づく。他の連中にも知られたくないし、着替えを持ってくればよかったと少しだけ後悔した。


 すでに待っているという事だったので、周囲を見渡す。すると時計台の向かい側、ビルの壁付近に、それらしき人物を見つけた。下を向いてスマートフォンを覗き込んでいる。壁際にいるかとメッセージと飛ばせば、「はい」と返事がきた。彼女に間違いない。


 胸がわくわくするのを感じながら、俺は人並みをかき分けていく。

 そして彼女の前にたち、


「Ivukiさんですか」


 そう声をかけた瞬間だった。



「はい」

 澄んだ声で返事が返ってくる。その声に、聞き覚えがあった。



「―――え――」


 顔を上げた彼女と目があった。


「はじめまして、Saiさん」

 

 きれいな笑顔がそこにある。

 見たことのない笑顔。


 ――だけどそれは間違いなく、知っている顔だった。



「――水谷志吹、さん」


 白いワンピースでこちらを見上げるIvukiさんは、確かに水谷志吹、その人だった。

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