第5話

「……そういうことかよ。結局はテスターじゃないか」


 通話中のアイコンが消えると、そこには出会い系のアプリアイコンがあった。今どきのスタイリッシュなアイコンで、歯が浮きそうなコメントも書いてない。これだけ見ると、クリーンな印象に見えるから不思議だ。


「俺が、出会い系なんて。まさかだよ」


 そう言いながら、登録画面に進む。ゲームでよく使う「Sai」を名前欄に入力して、それなりに写りのいい写真をアップする。


「確かに、こんなに美味い話はないよな」


 友達ができるかも知れない。

 彼女ができるかも知れない。

 そして10万エリーが手に入るかも知れない。

 その上、普段お世話になっているDaさんに恩を返す良い機会かも知れなかった。

 

 俺達ゲーム仲間が良好な関係を築いていけたのも、Daさんが間に立ってくれているという部分も大きかった。こんなガキの相談に乗ってくれる人なんて、そういるもんじゃない。Daさんとの付き合いは、これからも大切にしたかった。


「ま、やってみるだけだな」


 向いてなかったら、辞めればいい。それだけだ。


 俺は自分の納得点を見つけると、さくさくと登録を進めていった。すると画面が切り替わり、女の子の一覧が次々と更新されていくようになった。画面のローディングアイコンには、「AIがあなたの最適な相手を探しています」というメッセージが表示されていた。


「AIって。それだけの情報で何がわかるっていうんだよ」


 項目には嘘の名前と年齢、高校生だと言うことと、趣味のいくつか、そしてルックスの好みを適当に選択して入れただけだ。好みのルックスと言われてすぐに思いつかなかった俺は、自身の中の美人のイメージ、水谷すいたに志吹しぶきを思い浮かべて入力した。あんなハイレベルなルックスの子は多くはいないだろうと、どうせならアプリ内くらい高望みしておけと思ったのだ。


 しかし驚くことに、登場する顔写真の多くは、美人ばっかりだった。それも、選択した項目を忠実に押さえている。


「これ、どうなってんだ?」


 今どきの画像分析機能はここまでになっているのかと驚いた。ピックアップされる女の子のほとんどは同世代で、さらに近所の子が中心だ。一番遠くても、電車で数駅行けば会えてしまう。


 俺は驚いていた。これだけの子が出会いを求めているということに。


「女子も、彼氏が欲しいんだな」


 俺は天井を見上げて考えていた。俺に近寄ってくる子達は、たしかに金目当てだった。でも目的はきっと、彼氏が欲しいだったに違いない。金持ちの彼氏であれば、友達に自慢ができる。欲しい物だって買ってもらえるかも知れない。少なくとも高校生のうちは勝ち組も同然だ。


「恋ってなんだろうな」


 恋をしたから、その人と恋仲になりたいのが普通だと思っていた。

 でも世間は違う。恋がしたいから、恋仲を作るのだ。


 好きになったから彼氏にしたいのではなく、彼氏が欲しいから誰かを好きになる。俺はどうしてもその違和感が拭えなかった。まして、金が欲しいから、自慢の彼氏が欲しいからなんて理由で恋をしようと思う人なんて、到底理解できなかった。


水谷すいたに志吹しぶきはどうなんだろう」


 ふいに、そんな事を思った。

 周りにちっとも興味がなさそうな、氷の女。

 彼女も恋人がほしいなんて、そんな事を思うのだろうか。

 そもそも、人を好きになったりするのだろうか。


「そんな事あるわけ、ないよな」


 そうして画面に視線を落とした時だった。



「あるわけ、ないだろ」


 俺はそのアイコンに釘付けになった。



「――水谷さん」



 その画像は水谷志吹にそっくりだった。

 クールな目元、つややかな髪。

 AIがはじき出した【あなた好み一致率】は120%を示している。


 ――名前は、Ibuki。



「まさかな」


 俺はすぐにその考えを捨てた。

 

 冷静に考えてみれば、そんな事がある訳がなかった。

 水谷志吹が氷の女と呼ばれるに至ったエピソードは、学校なら誰もが知っている。


 水谷志吹は誰もが認める美少女だった。一目惚れする奴だってたくさんいた。交流を持たなくても、彼女はそのルックスだけでモテていたのだ。


 だが誰が告白しようが、絶対に首を縦に振らないのだと言う。


『興味がわかない』


 告白した多くの男が、そういって切り捨てられてきた。水谷志吹は、男に興味がないのだ。だから、この場所に彼女がいることなんて、ありえない。


「でも、本当似てるなぁ、この子」


 顔のすべてが写っている訳ではないが、その断片だけでも、似ている。


 ――そして水谷志吹に似ているということは、美人ということだ。


「美人が彼氏を欲しがってるって、普通ならチャンスだよな」


 本気で彼女を手に入れるなら、この選択は間違っているかも知れない。でも俺は、そうじゃない。だからこそ、だったのだ。



 俺はその晩、Ivukiという子にメッセージを送った。


 思えばこの時の行動が、俺の高校生活を大きく変えたのだ。

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