1-2 陰キャの俺が出会い系アプリに登録することになるなんて

第4話

 何度読み返しても間違いじゃない。間違いなくDaさんの文章で、アプリの説明と趣旨が書かれている。丁寧に、登録の仕方や使い方まで。


 俺はいても立ってもいられず、思わずコールボタンを押下した。数コールの内にDaさんが出た。


「おう、Sai君か。早いな」

「どうなってるんですか、これ!」


 俺は間髪入れずに畳み掛けた。今まで大会といえば、日頃プレイしているゲーム内に限定されていた。ときには新しいゲームの事もあった。でもそれはゲームに帰結していたし、だからこそ俺達も必死になれた。

 だけれど、今回のはゲームじゃない。現実リアルなんだ。


「ゲームとは関係ないじゃないですか!」

「まぁまぁ、そう言うとは思ったよ。Sai君」


 Daさんは相変わらず渋い声で、しかし俺が慌てるのも予想していたような落ち着きで、言った。


「でも、これも考え方次第だよ。現実ほど面白いゲームなんて、ないと思わないか」


 Daさんは続ける。


「君たちと遊んでいると楽しいよ。でも逆に、少し悲しくもなる。貴重な青春時代を無為に消費しているんじゃないか、ってね。私が課題を出しているからそうなっているんだとすれば、それは私にも責任がある、と」

「そんなのいらない気遣いですよ。俺達は好き好んでやってるんですから」

「まぁ、話は最後まで聞けって。いいか、若さってのは後で願っても絶対に返ってこないのさ。悲しいことに、それに気づくのはいつだって後になってからなんだよ。私は大人として、君たちにそれを教えてあげないといけないと思ってね。でも普通に教えたってやるわけない」

「あたりまえですよ!」

「だからこその、景品だ」


 Daさんは深い声で、「10万エリー、欲しいだろう」と言った。


「これに勝てば、10万エリーは君のものだ。さらに、彼女だってできる。私から言えば、そっちの方が価値が大きいくらいだ。まさに一石二鳥だろう?」

「そうだとしても、俺は彼女なんていらない」

「ほう、じゃあSai君は辞退するってことでいいかな」


 その言葉に思わず俺の喉が鳴った。


「私を信頼してくれたまえよ。騙されたと思って、登録してみてくれ。それで、その中の一人とでも会ってみればいい。――君が知らない、君を知らない素敵な子が、待っているよ」


 ――君を知らない子。今の俺を知らない子。


 不覚にも、そのフレーズに俺の心は揺らいだ。


 俺を知らない。親が最近有名人になって、羽振りがいいという事を知らない人。

 それにあやかろうとしない。有名人の息子だと接してこない。

 ありのままの俺を見てくれる子が、その向こう側にいるかも知れない。


「彼女にならなくても、友達になってくれる人もいるかもね。今じゃゲームをやる女の子だって大勢いる。そんな彼らと過ごす青春は素晴らしいと思うぞ。彼女ができれば、私も嬉しい。君たち童貞が一皮向けてくれれば、最高だ」

「童貞なんて決めつけないで下さい」

「わかるよ、そんなもの。こちとら君たちの倍は生きているんだから」


 確かに俺は童貞だった。そして仲間もおそらくそうだった。このまま一生童貞のままで良いのか、と問われているような気分になる。


 俺が黙っていると、Daさんは言った。


「考えてみてよ。どうする、もし君たちの中で本当に彼女ができる奴がいたとしてさ。……それを先越されると、悔しくないか」


 頭の中で思い浮かべる仲間達の顔。自分で言うのもなんだが、声だけ聞けば、俺の方がまだイケるように思える。その無駄とも言える自尊心が軋むのが、わかった。


「そんな奴に、毎日のろけ話を聞かされてみろ。たまらないだろう?」


 想像した瞬間、背筋に変なものが流れた。あの声でのろけ話を毎日!? たまったもんじゃない!


「わ、わかりましたよ。やります、やらせてください」

「よく言った。さすがSai君」


 Daさんは満足と言った様子でハハハと笑った。


「ちなみにそのアプリを運営しているのはウチの会社なんだ。悪いようにはしないさ。それじゃ、頑張って」


 そう言い残して、Daさんの通話が切れた。

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