第3話

 裏門からの帰宅道。電車通学組がメインに使う正門とは違って、人がまばらな街道を歩いていく。

 俺の横には先程の女子生徒がいた。俺達は特に話す訳でもなく、並んでひたすらに歩いている。

 それも数分続いたあと、そいつが口を開いた。


「今日は、どう。元気?」

「変わらず元気だよ。……衣央璃いおるのお陰で」


 俺の返答に気まずそうに笑うのは、唯月いづき衣央璃いおる。俺の幼馴染で、数少ない友人で。


 ――そして俺の今の状況を作り出した張本人だ。


「さっきの、高橋さん、だっけ。結構人気あるって聞いたけど……誘われたんだ」


 高橋さんというのは、俺をカフェに誘った女子のことだった。


「なんだよ、見てたのかよ」


 俺が睨みを効かせると、怯えたように肩を竦める。衣央璃は、俺の機嫌の悪さの理由を知っている。過去に何度か謝られた。それを許していないのは俺だった。それからと言うものの、衣央璃はこうして余所余所しかった。以前は普通に遊んでいた仲だったのに。許せない自分と彼女のそんな態度に、ますます俺は苛ついてしまうのだった。


 ――優しくしてやれよ――


 ふいに鏡介きょうすけの言葉が頭によぎった。俺はため息をついて、ポケットに一層深く手を突っ込んで、言った。


「……高いカフェがあるから一緒に行こうだってさ。奢られ目的だよ。鏡介が言うには、二十人目だってさ」

「に、二十人も……」


 衣央璃が驚いたように苦笑いする。

 それがここ数ヶ月で近づいて来た女子生徒の数だといえば、なるほど確かに凄い数字だ。以前の俺なら、羨ましくて仕方なかっただろう。そしてその数字は衣央璃が作ったと言っても過言ではないのだから。


「その中にいい人はいなかったの?」

「いる訳ないだろ。仮に顔は良かったとしても、金目当てで近づいて来る奴なんて、心がよく無いだろ。俺はそんな奴と付き合うなんて、ごめんだ」


 俺は吐き捨てるように言った。それを聞いた衣央璃は慌てたように手振りしながら言う。


「だけど、その中の全員が悪い子とは限らないよ。きっかけが欲しかっただけかもしれないし。ほら、才賀はあんまり自分から――」

「お前まで鏡介と同じ事を言うんだな」


 気がつけば、衣央璃の家の前まで来ていた。


「じゃあ、俺は帰るから」


 俺は返事を聞かずにその場を去った。

 こうして、近所の衣央璃を送るのが俺の日常だった。今も昔も変わっていない。


 ――変わったのは、俺達の関係だった。





 その晩、ネットゲームの友達からSNSで通知が来た。

 タイトルは「次の大会について」だ。


「お、新しい大会やるのか」


 俺達ネットゲーム仲間には、大人が混ざっていた。DaSaitamaという悪意ある名前の人だが、俺たち高校生仲間とよく一緒に遊んでくれる。大会というのは彼が主催するイベントみたいなもので、これに勝った奴にDaさんが大人の財力を生かして景品をくれるのだ。景品の中にはゲーム内アイテムやマネー、ときには旅行券などもあり、俺たち学生組はそれ欲しさに必死になった。その様子を見るのがたまらなく好きなのだという。


「今度の景品は――。10万エリー!?」


 エリーとは俺達がハマってるネットゲームのゲーム内課金通貨だ。円と等価課金なので、今回の商品は十万円分の価値があるということだ。学生の俺たちには、大金だ。


「大会のルールは」


 俺は送られてきた内容をスクロールした。10万エリーがあれば、ゲーム内で買えないアイテムはない。無課金勢の俺にとってまたとないチャンスだ。これがもしスタートダッシュが有利な条件なら、今すぐにでも始めないと勝利はない。そしてその勝利条件はだいたい、最後に書いてあるのだ。

 

 そしてその一文を読んだ俺は、目を疑った。


「なんだよ、これ……」


 勝利条件には、たしかにこう書いてあった。



【以下の出会い系アプリを使って、最初に彼女を作った人が勝利】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る