第2話 

「ようよう、有坂ありさか才賀さいが。さっきので何人目だ」


 その様子を楽しそうに見ていた男が、後ろからヘッドロックをかけてくる。


鏡介きょうすけ。お前、それ、わざと聞いているだろ。数えてないよ、そんなの」

「ふふ、正解だ、才賀。俺の記憶が正しければ、今月で三人目だ。今年でいうなら二十人だ。モテる男はつらいなー、才賀」


 こうして愉快にからかって来る男は、俺の友人、古瑠都こると鏡介きょうすけ。俺がモテだした日から、こうして声をかけてくる女子生徒の数を正確に数えることを趣味にしている。


「別に嬉しくないよ、こんなモテ方をしても」


 鏡介は俺がそれを心から喜んでいない事を知っている。


「しっかし、金のちからってのは凄いな。いや、この場合、女の金に対する執着の方を褒めるべきだったか」

「そんな大きな声で言ったら、女子から嫌われるよ」

「ああ、俺は良いんだよ。彼女いるし」


 そう言ってさっきの女子生徒達に手を振り、煙たがられる鏡介。


「世の中にゃあ、金でモテるってのを喜んで受け入れる奴もいるって話だぜ。そういう意味じゃあ、やっぱりお前は奇特だよ、才賀」

「それなら俺は、奇特で良いよ」


 金でモテることの虚しさ。その悲しさはきっと俺自身だからこそわかるのだ。


 特技も無い、ルックスが良い訳でも、社交性がある訳でも無い。成績だって下から数えた方が早い。地味で陰キャな、クラスカーストで最底辺を行くような人間なんだということは、自分でも嫌というほどわかっている。そういう人生を俺は歩んできたし、それで良いと思っていた。


 でもある時、それが激変した。

 俺の親父が金持ちであるという事が、学校中に広まってしまったのだ。


 それ以来、俺は女子にモテている。さっきの女子生徒もその一人だ。ろくに話したことも無いのに、いろいろな話題で俺を誘いにくるのだ。もちろん狙いは金だ。


「まぁそう擦れるなって。いつかお前の良さをわかってくれる奴が現れるさ。声をかけてくる女の中に、そういう奴がいてもおかしくないだろ?」

「どうかな。仮にそんな事があるんだとすれば、現時点で俺に興味が無い人だけだよ」

「なるほどな、ってーと、じゃあ、あいつとかか」


 そういって鏡介が指差した先に、ひとり座る女子生徒がいる。


水谷すいたに志吹しぶき


 水谷志吹。誰もが認める学校一の美女。人形のように整った容姿に、きれいな髪。常にクールで口数少なく、その笑った顔を見た人はほとんどいないと噂がたつほど。そんな彼女は、密かにこう呼ばれていた。

 氷の女、と。


「もしあいつを落とす事ができたら、それこそ真のモテ男という奴だぜ」


 彼女を見ていれば、誰にも興味を持っていないだろうことは、すぐにわかる。


「その前に、彼女と俺が接点を持つことなんて、この先も無いよ」

「んーまぁ、そりゃそうか。あいつが誰かと話しているところなんて、先生相手でしか見たことないしな」


 誰よりも早く登校して、誰よりも真面目に授業を受けて、そして静かに帰っていく。誰とも接点を持ちたがらない彼女なら、俺にだって興味がないことは明白だった。


 でも、俺にはそんな彼女の無関心が、少しありがたいのだった。


 あの日以来、俺の日常は変わってしまった。自分が望まぬまま、俺は目立つ存在になってしまった。目立つということは、立ち居振る舞いにも気をつけなくちゃいけない。俺自身の評価が下がる分にはまだいい。だがそれによって親に迷惑をかけるかもしれない。それだけは、絶対にできない。

 だから、俺は当たり障りの無い対応しかできない。常に誰かに見られているんだという意識が、猛烈に窮屈だった。カフェに誘ってきた彼女にしてみても、本当はすぐ様「話しかけないでくれ」と言いたかった。でもそんな事をすれば、学校中、ひいてはそれ以上の噂になる。


 ――最近モテだしたからって、調子に乗っている。

 ――あいつの性格は曲っている。親の教育が悪かったんだ。


 それは結局、最終的に親のもとに届いてしまう。だから、できない。俺はあくまでも良い人を装って、それを断らなければならかった。それはひどく疲れた。


 俺は時々思う。誰もが俺を知らない世界に行きたいと。

 せめて、水谷志吹のように、無関心であって欲しかった。



「お、才賀。本日もお出ましだぞ」


 ふける俺の肩を鏡介が叩く。横目で指先を追えば、扉の外からこちらを伺う一人の女子生徒がいた。俺はその姿を認めて、眉間に皺を寄せた。


「んじゃ、俺は行くわ」


 鏡介はそう言って学生カバンを肩に担ぎ、そして俺にわざとらしく耳打ちした。


「優しくしてやれよ。悪気があった訳じゃないんだから」


 鏡介は俺の表情を覗き込んでから、肩を叩いて去っていた。


「……わかってるよ」


 鏡介と入れ替わるように教室に入ってくる幼馴染を見て、俺はため息を吐きながら立ち上がった。

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