この感情は何でしょうか?

「だからぁ、美咲さんは~、私にごめんなさいって言うんじゃなくて、ありがとうって言えば良いんですぅ」

「…………あり……がとう」 


 ヴァイスさんに言われた通りに言葉にしました。何でしょう……、何か心にストンっと落ちるのを感じました。




 商業ギルトの人だと聞いて、宿屋と食堂の営業について提出していた書類に不備があったのではないかと思ったのです。

 あからさまに人気のない所へ誘われていたのに、全くと言って良い程危険性を考えていませんでした。

 確かに私達を担当した人ではありませんでしたが、ギルドで見た顔だったので油断していたのでしょう。


「わかりました。客室が空いていますので其方でお伺い致します。どうぞ、此方へ」


 そして、私からベッドのある客室に案内したのです。

 ギルド職員にソファーを勧めて、私も向かい側に座りました。


「食堂は繁盛しているみたいですね」

「はい、お陰様で。で、話しと言うのは?」

「いえ、これで話しは終わりですよ。

 ここに案内されたのは私の誘いを受け入れて貰えたと考えて間違いないですか?」


 はぁ? この人は何を言ってるんですか?

 そう思ってギルド職員の顔を覗き込みました。次の瞬間、男の目が光ったように見えると体が動かなくなりました。

 更に身体中が熱くなり、無理に動かそうとして僅かに動く服が肌に当たるだけで全身に電気を流された様な感覚に陥れられました。


「では、ベッドに移動してください」


 男の言葉で勝手に体が動き出しました。立ち上がり1歩踏み出す動作をする度に体に電流が流れて、溢れ出る液体が足を伝っていくのがわかります。

 普通なら私は立ってすらいないでしょう。腰も抜けて足にも力が入っていません。それなのに足は勝手にベッドにむかうのです。

 

 ───抱かれたい、抱かれたい、抱かれたい


 朦朧とした意識の中でその言葉がリフレインしていました。そんな時、ドアがノックされて、すぐにドアが開き、ヴァイスさんが入ってきました。


 ダメです。今入ってきたら私と同じ様になってしまいます。私は無理矢理首を横に振りました。動かせたのでしょうか?

 ヴァイスさんは一瞬私に微笑み掛けたように見えました。


「あんなぁペッタンコよりぃ、私としませんかぁ?」

「……いいですよ」


 


 あの子は何を……。決まってるではないですか。

 ……何が決まってるの? 


 思考が定まりません。体は大分動かせる様になりましたが動かすと電流が流れて頭の中が真っ白になっていきます。

 隣でヴァイスさんは何をしてるのでしょうか?


 どのくらい経ったのでしょう、ドアがいきなり開きました。飛び込んできたのは佑介です。

 佑介は私を見つけるとすぐに抱き締めてきました。が、それが私の体を更に熱くさせたのです。体の至るところが痙攣を起こします。

 本当に意識の飛ぶ寸前でした。


「隣でヴァイスさんが……」


 私はそれだけ言うのが精一杯です。微か残った意識の中で佑介に抱きついていた様な気がしますが後の事は覚えていません。


 次に気が付いた時にはヴァイスさんが目の前にいました。後ろに佑介も見えます。

 ぼやけた記憶の中で何があったのか思い出しました。


「ヴ、ヴァイスさん。ごめんなさい、私が油断したせいで……。大丈夫だったの? 何もされなかった?」


 そんな事あるはずがありません。わかっていました。でも、そう聞かずにはいられなかったのです。

 そして、私の言葉を否定する佑介の姿がみえました。

 それは私の替わりに彼女が陵辱れたことを意味します。

 私の心は一気に罪悪感に包まれました。


「私は大丈夫だよぉ、だってぇ私はキャスバスだよぉ。そういう事にぃ、抵抗はないですよぉ」


 、その言葉が私に現実を突き付けます。


「ごめんなざい~、わたじのぜぃで…ごべんなざ……うわぁぁん、ごべんな……ざい……ぅ……ヒク……ごめんなざい……」


 私は精一杯謝りました。自分が泣いているのにも気付かずに謝り続けました。何を言って謝ったのかさえ覚えていません。

 ヴァイスさんは何も言わずに私を抱き締めてくれていました。少し気持ちが落ち着き掛けた時に、佑介は呼ばれて部屋から出ていきました。

 それを見計らったかのようにヴァイスさんが話し掛けてきたのです。


「だったらぁ、佑介さんを貸してくれますかぁ」


 普段なら冗談でしょう。でも、今は……、もし本気でヴァイスさんが怒っていたら、そう考えると否定できませんでした。


「……ぅぅ……佑介が良いって言ったら……でも……でも貸すだけですよ。必ず返して下さいね。お願いします」

「嘘ですよぉ、私が本気でぇ、そんな事を言うと思われてたんですかぁ」


 そう言うヴァイスの目に戸惑いがみえました。それは何を意味していたのかはわかりません。


「だって、私がヴァイスさんにしたことは……、それぐらいされても仕方ない事ですから」


 この時、私は本当にそう思っていました。私がした事はそれ程の事だと思っていました。

 ヴァイスさんは私のこの言葉を聞いて怒ってきました。

 いつもの間延び口調が語尾にしか出ていません。相当怒っているのだと感じました。


 でも、その怒りは今の私の態度にでした。

 私のせいで陵辱された事ではなく、ヴァイスさんの行動を否定している今の私に向けての怒りだったのです。

 謝って欲しいんじゃない。自分が欲しいのは私からの感謝の言葉だと……。

 そうでした。私はヴァイスに許して欲しくて、謝って謝り倒して、どんな罰でも受けるつもりでいましたが、私があの男に陵辱されそうになっていた所を助けてくれたヴァイスさんにお礼を言って無かったのです。

 私がお礼を言うと彼女はニヘっと笑います。

 いつものヴァイスさんの顔でした。


 ───私は最初から許されていたのです。いえ、許される以前の問題です。最初から恨まれてもいなかったのです。


 後は私の気持ちだけだったのです……。

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