ヴァちゃんは私のものよ!
私はダークエルフのキャロル・モネロード。魔族治安維持部隊長、エルネア・モネロードの長女だ。
あれは200年程前の事だ。私は父に呼ばれて父の書斎に行った。部屋にはヴァちゃんが遊びに来ていると言うのに……。
「キャロル、お前に頼みがある」
私が父の書斎に入るなり、父の開口一番の言葉はそれだった。
頼みというのは、人族に潜入して間者になれということだった。
場所はノーススプリング共和国。この国は魔国とは隣接していないが、人族の国としては一番領土が広く、獣人達もいるので魔族に取っては一番厄介な国であることは間違いない。
幸いな事に、私達ダークエルフは魔族でありながら人族が勝手に亜人と決めつけて敵視されていない。
下品なエルフと同族扱いなのが癪だが、あの国ならば容易に間者としての仕事が出来るだろう。しかし……、
「お断りします」
「そうか、わかった」
私の返事に父は呆気なくそう答えた。もう少し何か言われるかと思っていたので拍子抜けだ。しかし、部屋を出ようとした所で父が呟くように声を出した。
「と、なればこの話しはヴァイス様で確定か……」
私はすぐに父の元に戻った。
「その話しは本当なのですか?」
「あぁ、今の魔国に人化魔法に長ける者が居ないに等しい。居るには居るが既にサルデイルやガロン等に配置されている。
であれば、俺達の様に人族から敵視されていない者か、人族に見える者を使うしかあるまい。
ヴァイス様を使うのはロイヤルクイーンのリリア様もご了承済みだ」
確かにヴァちゃんは見た目は人族その物だ。リリア様のご息女でサキュバスの血を強く受け継いでいるが、その姿に羽も尻尾もない。
「父上、先程の返事は撤回、今少し時間を頂きたく思います」
「うむ、あまり時間は無いぞ」
こうして私は書斎から出ていった。
私が二もなく父からの頼みを拒否したのはヴァちゃんと離れるのが嫌だったからだ。なのに私が断ればヴァちゃんが行くことになるなら本末転倒だ。
しかも、あの純粋無垢なヴァちゃんが間者なんか出来るわけがない。
「えぇ、私は人族じゃぁ無いからぁわかんないですぅ」
なんてすぐに言ってしまいそうだ。絶対に間者なんて無理だ!
そんな事を考えながら、私はヴァちゃんに父からの頼まれ事の話しをした。
「えぇ、キャロルおね~ちゃん人族の国に行っちゃうのぉ、良いなぁ。いっぱい遊びに行くよぉ」
結局、ヴァちゃんを人族の国に行かしたくなかった私は、父の頼みを呑んだ。
あの時の言葉通りにヴァちゃんは私の元に遊びに来てくれた。しかもあのリリア様も来てくれるのだ。
リリア様の美貌も然ることながら、戦闘力、知力にも長けるお人だ。
私など遠く及ばないが尊敬すべく目標とする人だ。元々、ダークエルフは戦闘民族だ。自分より強い者には敬意を表する。
私はこのノーススプリングで衛兵として働きながら間者の仕事をしていた。
リリア様の助言等も貰うことが出来、私はどんどんノーススプリングで位を上げていき、近衛兵を務め、爵位も貰った。そして今から100年程前にこの領地の領主となり、爵位も伯爵、辺境伯となったのだ。
そして3ヶ月前、急にヴァちゃんが私の元に訪れた。話しを聞くと勇者に魔王が倒され魔国が混乱している。そしてディアブロス様とリリア様が行方不明だと言う。
勇者が召喚された事は知っていた。私も間者として情報を集めていたが、勇者はノーススプリングには来ていない。しかもサルデイルは勇者と共に魔王討伐に行く素振りすら見せなかった。
魔王が倒されたと聞いて泡を食っていたところだったのだ。
ヴァちゃんはパパとママが死んだんじゃないかと泣いていた。しかし、それはあり得ない。あのお二方を殺せる生物などこの世に存在しないだろう。
リリア様の言葉でヴァちゃんはサルデイルに行く途中だと言う。
わざわざ勇者を召喚した国に行かせるのか? いささか疑問を持ったが、リリア様がそう言うのであればそれが一番良いのだろう。
私はヴァちゃんを見送り書斎に籠っていた。辺境伯としての仕事をしながら魔王討伐後の勇者の行動を探っていた。
そして、今日になってその勇者がこのカリーニング領に現れたと門番から報告を受けた。
それも転移で国境門を越えて来たと言う。
「これは僥倖。手間が省けたと言うものだ。勇者達の所在を把握し、領主邸に呼び出せ」
どういうつもりかは知らないが、勇者が向こうから来てくれたのだ。それもわざわざ顔合わせの機会を用意してくれた。
出来ることなら、このままこの領地に永住して貰えると後々監視が楽になる。
「キャロル様、ヴァイス様がお越しになりました」
書斎のドアがノックされ執事の声が聞こえた。私は拡げていた書類もそのままに玄関まで走っていった。つい3ヶ月前に来たばかりなのに、ヴァちゃんがまた来てくれたのだ。
なんて今日は良い日なんだろう。勇者は手土産付きでやってくる。ヴァちゃんも私に逢いに来てくれた。私は完全に浮かれてていたのだろう。
玄関の扉を開けてヴァちゃんの姿を確認すると抱きつき、思わず濃厚なキスをしてしまった。
しまった! 嫌われてしまう。
しかし、ヴァちゃんは全くと言って良い程抵抗しない。私のこの行為を全て受け入れている。
───ああ、これでヴァちゃんは私のものよ!
「ちょ、ヴァイスちゃんに何してんねん!」
「はあっ! あんた誰よ? ヴァちゃんをどうしようが私の勝手でしょ!」
私の至福の時間を……。領主の姿勢を忘れて素の私になって言い返した。
ほら、ご覧なさい。ヴァちゃんも嫌そうな顔をしてるじゃないの。あれっ? もしかしてその顔は私に向けられているの?
それにその女の顔に見覚えが……。
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