第12話 サークルの勧誘②

 事務作業がようやく終わった頃には、陽も傾き始めていた。

 俺は最終確認を済ませると、デスクチェアに背を預け、伸びをする。


「お疲れ様。君のおかげでなんとか助かったよ」


 そう言って、南原先生は先ほど買ってきたらしい缶コーヒーを手渡してきた。

 俺はそれを遠慮なく受け取ると、カチッとプルタブをひねり、一口飲む。


「ほんとですよ。これ、俺が手伝ってなかったら相当やばいことになってたんじゃないですか? この功績も考慮して成績は高くつけてもらいたいですね」

「馬鹿を言うな。そんなことしたら私の首が吹っ飛んでしまうだろ。みんな平等につけなければならない。それに評価するにせよ、君のためでもある。偽装された評価よりかは本物の評価の方が嬉しく思わないか?」

「まぁ、それはそうですけど……」


 見事に論破された。

 たしかに偽装された上辺だけの評価よりかは、内面までしっかり評価した本物の方が俺のためになるかもしれない。

 大学にはGPAというものが存在する。高校とかでいう五段階評定みたいなものなのだが、これは将来就職活動において、とても重要な選考材料になってくる。

 例えばの話をすると、上辺だけの偽装された評価をされていたとしよう。大学の先生の中には適当な人もいる。点数さえあげてればいいだろう的な考えだと思うが、就活の際にはGPAが結構重要になってくる。これでもし入社が決まったとする。すると、もうお分かりだと思うが、会社側からしてみれば、GPAが高い=優秀な人材という認識をしている。本当は優秀でもないのに期待されてしまえば、精神的にもストレスだし、働きづらくなるだろう。そう考えると、ちゃんと評価をしてくれる南原先生は生徒のことを見ている。


「高い点数が欲しければ、それなりの成果を見せろ。今回に関してはあの論文はなかったことにして点数には入れはしないが今後はないからな?」


 南原先生は優しく微笑むと、デスクに戻った。

 一応言っておくが、あの論文は別にふざけて書いたわけではない。至極真っ当に書いたものである。いかにも俺がふざけて書いたみたいな言われ方をして、本当に心外ではあるが、まぁ……点数に反映されないだけマシか。

 俺は缶コーヒーの残りを一気に飲み干すと、デスクチェアから腰を上げる。

 それを見かねた南原先生が忘れてたというような反応を見せる。


「そうだ。西島はたしかサークルとかは入ってなかったよな?」

「えーと、まぁそうですね……」


 なんだろう。嫌な予感がして堪らないんだが?

 こういう時に限って予感というものは的中してしまう。まったく嫌なもんだ。

 南原先生はデスクの引き出しから一枚のプリントを取り出すと、それを俺に差し出す。


「私が顧問を務めているサークルに参加してみないか?」

「いや、あいにくサークルというものには興味ないので」


 コミュ力の低い俺がサークルに参加したところで孤立することは容易に想像がつく。わざわざ自爆するようなことだけはしたくない。


「君の気持ちはなんとなくわかるが、とりあえずこのプリントを見てくれ」


 そう言われ、無理やり渡された。

 俺は仕方なくそれを流し目で見る。

 そこには『就活サークル』と書かれていた。


「このサークルは、見てわかる通り、就活のためのものだ。将来、会社に入社した際には事務スキルというものが必要になってくる。そのための訓練だったり、面接の練習とかだな」

「……そう言ってますけど、実は南原先生が楽したいだけじゃないですか? これも就活の一環だとか言い出して、さっきみたいなリアルな事務作業をやらせようとしているだけじゃないですか?」


 俺はジト目で南原先生を見つめる。

 それに対し、南原先生は俺の視線から逃れようと目線をわずかに逸らす。


「な、何を言っているんだね君は? わ、私がそんなことするわけがないだろ!」

「してたじゃないですか。さっきのあれといい。やっぱり図星だったんですね」

「何を言っている? 私は常に真面目なんだぞ!」


 自画自賛している奴ほどロクな人間じゃないと思っているのは俺だけだろうか?

 南原先生の様子は明らかに動揺していて、おかしい。この人わかりやすいな。


「ちなみに部員は何人いるんですか?」

「ゼロだ」

「……はい?」

「だからゼロだ」

「……」


 ゼロって何かの冗談か聞き間違い、あるいは暗号の類だろうと思ったんだが……どうやらそうではないらしい。

 もはやそれはサークルと言えるのだろうかと疑問に思ってしまう。というか、サークルですらない。だって、部員ゼロだし。

 俺の反応を見た南原先生は、なぜか自信満々で説明を付け足す。


「安心しろ。今は部員こそいないがそのうち増えてくる」

「いやいや、まったくもって安心できないんですが……?」

「まぁそう言うな。それで西島はサークルに参加するのか? しないのか?」

「しないです。そもそも俺、バイトしてるんで」

「バイトか……。バイトは何をしてるんだ?」

「有名飲食チェーン店ですけど……?」

「なるほど。しかし、バイトだけでは社会経験は積めないぞ?」

「はい?」

「バイトと言っても、せいぜい接客だったり、調理だろ? 中の事務仕事とかはさせてもらえないだろ?」

「まぁ……そうですね」


 全然させてもらえないというわけではないにしろ、南原先生の言う通り、本格的なことはさせてもらえていない。

 それは俺が正社員じゃないからとかそういう理由ではなく、フリーターをしている先輩は普通にワースケを作ったりしている。


「サークルに入れば、いろいろとメリットもある。入社面接の際には何かサークルに入っていたかとか、何かしていたかとか聞かれることがある。そこで何もしていないと答えると、マイナス評価になりがちだ。なぜだかわかるか?」

「……わからないです」

「協調性だよ。サークルは基本複数人でやるもんだろ? 会社もそうだ。ほとんどの場合は複数で経営などをしている。社会において協調性は何よりも大切だとも言える。部下や同僚、上司との連携ができるかどうか、そこを見られる」

「つまりあれですか。このサークルに入れば、事務スキルも身につき、かつ就活が有利になるとでも言うんですか?」

「そういうことになるな」


 南原先生はデスクの引き出しをもう一度開けると、入部届を取り出す。

 俺はその様子を眉間にシワを寄せながら見つめる。


「そんな目で見なくてもいい。安心しろ。大体は暇だ。暇な時は自由に行動してもらって構わないし、私も基本は研究室にこもっている。私が顔を出すことも少ないだろう」

「いや、そこは別に何とも思ってないですよ。ただ、バイトをしてるんで両立というものが……」

「君は私の言葉を聞いてなかったのか? 暇な時は自由に行動してくれたっていいと言ったのだが?」


 クソっ。いつの間にか逃げ道を完全に塞がれてしまった。

 この流れでいくと俺は確実に強制入部させられてしまう。


「南原先生。やる気のない奴をサークルに参加させたところでお荷物になるかと思いますが……」

「心配するな。その時は私が根性を叩き直してやる」


 そう言って、南原先生は指をポキポキと鳴らす。

 こえーよ。南原先生怖すぎるよ!

 俺の目の前に入部届が差し出される。


「とりあえず……書け」


 最終的には俺の意思そのものを無視された。

 ブラック企業ならぬ、ブラックサークルだ……。

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