第10話 突然の来客

 電車に乗って、坂之上駅で星川と別れた後、俺はそのまま帰宅する。

 時間的にはもうすぐで午後六時半というところだろうか。

 とぼとぼと住宅路を歩き、マンションにたどり着くと、階段のところに見覚えのある人物が座っていた。

 その子は俺に気がつくと、立ち上がってお尻についた砂埃を手で払う。


「遅かったわね。今までどこに行ってたのかしら?」


 俺は恐怖を感じた。

 言葉が刺々しい。文章的には至って普通なのに妙に攻撃的というか、尋問を受けているようだ。


「ど、どこだっていいだろ……。それよりなんで夏空がここにいるんだよ? 俺、家の場所教えてないはずだが?」

「ええ、たしかに海斗くんからは教えてもらってないわね」

「じゃあ、どうやって……?」

「後をつけた以外ないでしょ?」

「…………」


 当たり前なことを言わせないでみたいな感じで言われたけど、普通に怖いからね?

 何この子? もしかしてストーカー気質でもあるの?

 俺の家まで後をつけるとかどうかしてると思うんだが……。


「それより今はどこに行ってたのかを私は訊いているんだけれど?」

「それを夏空に言わないといけないという義務はない」

「いいえ、あるわ。だって私は……海斗くんの婚約者、だもの」


 夏空は少し恥ずかしそうにしながらもじもじとする。


「だから、それは違うだろ……。小さい頃の出来心でそうなっただけであって、正式な婚約者ではない」

「正式な婚約者だわ。ちゃんと紙にだって私と海斗くんの名前が記されてるし、双方の親の名前と印鑑もある……」


 俺は深いため息をつく。

 前にも言った通り、夏空のような美少女に好かれること自体は別に嫌ではないし、むしろ嬉しい。

 が、こんなんで婚約者ですとか言われても困るし、それは先日話し合ったばかりだ。すぐに婚約者は難しいが、まずは互いを知るために友人から始めよう……そう説明したと思うが?


「一応訊いておくが、いつからここにいた?」

「二時頃から……」

「そんなにいたのかよ……」


 一瞬連絡してくれればよかったのにとか思ってしまったが、よくよく考えてみれば、夏空のラインとか電話番号を知らない。

 連絡しようにも連絡先がないとどうしようもない。それにだいぶ長い時間待っていたというのも若干引いてしまうところはあるが、このまま帰すというのも酷すぎる。


「とりあえず……俺の部屋に入るか?」


 そう訊くと、夏空の表情が急激に明るくなる。


「ええ、入るわ!」


 なんか嫌な予感しかしないし、正直他人をプライベート空間に入れたくはないが……。

 俺は夏空の横を通りすがり、階段を登り始める。夏空も俺の後をついて階段を登り、二階の一番奥の部屋に向かう。

 ポケットから部屋の鍵を取り出し、開けると、夏空を家の中へと招き入れる。


「ここが海斗くんが住んでる部屋……」

「あまりキョロキョロ見んなよ……」


 他人から部屋を見られるのは非常に恥ずかしい。自分の中身を見られている感じがする。

 俺の部屋は八畳の洋室に二畳のキッチンだけでトイレと浴室は別々だ。内装はとても綺麗で築十年程度だったはず。これで約四万程度だから安い方だ。

 夏空を洋室の中央に置かれている二人掛けのソファーに座らせると、俺はお茶を用意すべくキッチンの方に向かう。

 冷蔵庫から取り出した市販のお茶をコップに注いで、持ってくると、テーブルの上に置いた。


「で、なんで俺の家に来たんだ?」


 俺はカーペットの上に胡座をかくと、さっそく質問をぶつけた。

 すると、お茶を一口飲んだ夏空はコップを両手で握りしめながら、沈んだ表情になる。


「ちょっと嫌な予感がしたから……」

「嫌な予感って……」


 思わず苦笑してしまった。俺の今の現状が嫌なんですけど!

 そうとはつい知らない夏空は続けて口を開く。


「先日、ゼミがあったでしょ? その時、忘れ物をして戻って来たの。そしたら海斗くん、星空さんと楽しそうに話をしてたから……」

「あのときか……」


 ダブルデートに誘われたところを夏空は見てしまったのだろう。

 でも、おかしな点が一つだけある。俺は別に楽しそうに話をしていたつもりはないぞ。そもそも女子に対する耐性力というものが身についていないから、終始楽しくなさそうなつまらない表情になっていたと思うんだが……。

 まぁ、人の顔なんて見る人によっては、かっこいいだったり可愛いだったりいろいろと変わってくる。そこら辺はそれぞれの価値観の違いなんだと思うけれど。


「とにかくこれだけは言わせてくれ。俺は別に楽しく話をしていたつもりはないし、星空は高校の時の同級生というだけだ。それくらいは自己紹介でわかってただろ」

「本当にそう、なの? それならいいんだけど……」


 夏空は不安そうな表情を浮かべたまま。

 その表情を見ていると、なんだか悪いこともしていないのに、罪悪感みたいなものが湧いてくる。

 俺はその罪悪感から目を背けるべく、ふと壁にかけていたアナログ時計の針を見ると、午後七時半を過ぎようとしている。


「そろそろ帰った方がいいんじゃないか? なんなら家まで送るけど?」

「……そうね。あともう少しゆっくりしてから帰るわ」

「ああ……」

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