第9話 星川愛花とデート④

 それからというもの俺たちは天文館通りやその近辺をぶらぶらとした。

 一応市内には住んでいるが、ここに引っ越してきてからは大学のレポートに復習、夜はバイトとかでなかなか時間が取れず、毎日がハードスケジュール。今回はまぁ多少なりともリフレッシュはできた。

 ゲーセンやらアニメイトなどを回り、気がつけば時間もだいぶ過ぎている。

 辺りは夕日に照らされ、橙色に染まり、人の往来も激しさを増す。

 そんな中で俺たちは再び中央駅と併設されている大型商業施設の中へと入ると、屋上に設置された観覧車へ搭乗していた。

 俺は別に観覧車には乗りたくなかったし、興味はなかったのだが、星川がどうしても乗りたいということで仕方なくこうなってしまったのだが……


「わぁ……綺麗……」


 そう感嘆な声を漏らすのは俺の隣に座っている星川。

 星川は目を輝かせながら、観覧車から望む風景を楽しんでいる。

 が、なぜ俺の隣に座っているのだろうか? 対面にも席はあるのだが……。

 まぁ、考えたところでどうしようがない。俺の口からでは対面の席に座れとか言えないし。疑問を紛らわすかのように俺も星川とは反対側の窓をじっと見つめることにした。

 窓からは沈みかけの太陽が見え、その奥には夕日でキラキラと光っている海が見える。


「たしかに綺麗だな……」


 そう呟くと、俺の左肩に微かな重みを感じた。


「ほんとだ! こっち側の方が本当に綺麗だね!」


 星川は身を乗り出すような形で俺が見ていた窓を覗き込むが……こいつは何考えてんだよ。

 柔らかくて大きい二つの何かが俺の左肩や腕に当たっている。

 これはこれで考え方によってはラッキーかもしれないが、重いし、窮屈すぎる。


「ほ、星川……もういいんじゃないか?」


 俺の声で当たっていることに気がついたらしい星川は、はっとなった感じで素早く身を引く。

 そして、なぜか涙目になりながら自分の体を守るようにして抱きかかえる。


「……カイくんのえっち」

「いやいやいや、違うだろ! あ、あれは俺が悪いんじゃない!」


 理不尽な言われようだ。俺から触ろうとして近寄ってきたんならまだしも、触ろうとも思ってないし、なんなら近寄ってきたのは星川である。

 名誉毀損で訴えてやろうか……なんて、冗談を頭の中で思い浮かべていると、星川が警戒態勢を解除する。


「冗談だよ。さっきはその……ごめん」


 瞳を和らげ、小さく微笑んだ。夕日のせいもあってなのかはわからないが、頰も少し赤くなっているような気がする。


「俺は別に……誤解されてなければ、それでいい……」


 そう言うと、俺は星川の目線から逃れるように再度窓の方へ瞳を向ける。

 窓の外は先ほどとは違い、だいぶ建物とかが小さくなった。もうすぐで頂点付近を通過しそうだ。

 この奇妙な空間に二人きり。

 観覧車というものは本来男女のカップルが乗るもんだと俺は思っていた。

 実際にドラマとかでもカップルがよく乗っていたりしているし、俺たちの前にも何組かが乗っていたけど、その全てがカップルらしき人たちだった。

 観覧車は別にカップル限定とかではない。普通に一人や同性、家族同士でも搭乗していい。

 けど、ここ日本の社会において観覧車はカップルが主に乗る乗り物として定着しつつある。最近では家族で乗ったり、一人で乗るという人も少なくなってきているらしいし。

 日本社会が観覧車の常識を覆した。なんて恐ろしいんだ日本社会!

 なんてことを考えているうちに頂点を過ぎていた。

 残り大体四分の一というところだろうか。だんだんと海も見えなくなり、建物もあんなに小さかったのが、どんどんと本来の形に戻ってきている。


「ねぇ、カイくん……」


 横の方からか細い声で呼ばれた。

 俺は星川の方に顔を向ける。


「今日は、ありがとね。すごく楽しかった」


 星川はどこか寂しそうに微笑む。


「そうか……。なら、よかった……」


 俺はそれに対し、ぶっきらぼうにそう答えた。

 正直、俺自身も楽しくないと言えば嘘になる。かと言って、心が弾むほど楽しかったかと問われると、ノーである。

 悪い意味でもいい意味でもいろいろと経験になった。女子とデートすることなんて滅多にない事だからな。


「カイくんって、やっぱり優しいよね」

「いきなりなんだ? 金でもせびろうって魂胆か?」

「ち、違うし! た、ただの純粋な気持ち……」


 星川は少し恥ずかしそうに目線を膝の方にずらす。

 そんな反応をされては俺まで羞恥心を覚えてしまう。

 早く地面につかないだろうかと窓の外を見るが、まだまだ上だった。


「結局、何もかも割り勘だったね……。愛夏が払うって言ったのに」


 少し不満そうな声に聞こえるのは気のせいだろうか?


「女子に払わせるわけにはいかないだろ……。俺にも男のプライドってものがある」

「なら、愛夏の分も払ってくれたらいいのに」

「馬鹿を言うな。まだ知人相手に奢るわけないだろ」

「なら……愛夏と、友だちになる……?」


 再び目線を上げた愛夏の瞳は確かめるような、それでもって何かを求めているようにも見えた。

 俺はその視線に当てられながらも若干しどろもどろになる。


「な、何言ってんだ? 友人をそんな簡単に作っても意味がないだろ」


 友人というのはただの上辺だけの呼称にしか過ぎない。

 何か良からぬことが起きれば、すぐに人を頼り、責任をなすりつけたり……これはただ俺の主観でしかない。もちろんいい友人だっているし、助け合いをしていき、互いにメリットしかない状態を友人と呼ぶのだと俺は思っている。たぶん知人と友人との違いはそこではないだろうか? 知人は別に知っているだけであって、基本互いにメリットが生まれるほどの仲ではないし。

 俺の返答を聞いた星川はわかりやすく項垂れる。


「そ、そうだよね。なんかごめんね」


 星川は何かを誤魔化すような苦笑いを浮かべると、対面の席に置いてあったバッグを手に取る。

 改めて窓を確認すると、もうすぐで終わりだ。

 星川の表情を俺は見ながら思った。

 ––––こいつ、本当にいいやつなんじゃね?

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