第6話 星川愛夏とデート①

 その日の夜。

 愛夏は家の自室にいました。

 夕飯を済ませ、お風呂から上がった後は特に何もすることがありません。

 そのため、部屋着に着替え終えた愛夏はベッドの上をゴロゴロとします。


「やっと話しかけることができた……えへへ」


 つい顔がニヤけてしまいます。

 高校の時からずっと好きだった人。パッと見は冴えない感じだけど、顔がタイプというか……一目惚れでした。

 ホントなら高校卒業時に告白したかったんだけど、卒業式が終わった後、教室に向かってもいなかったし、カイくんすぐに帰っちゃったみたいなんだよね。

 もう会えないだろうな……そうずっと思い続けていたのに––––。

 大学が一緒だったなんて知らなかった。というか、今日のゼミで初めて見かけたくらいだよ? どんだけ存在感が薄いのって話だけど。


「でも、そんなの今はどうでもいいよね……うふふ」


 フリとはいえ、カイくんとデート……えへへ♡ ホントにニヤけが止まらない。どうしよう?

 とりあえずデートは今週の土曜日。それまでに勝負服を選ばないとっ!

 そう思った愛夏は、ベッドから起き上がると、すぐさまにクローゼットを開け放ちます。

 カイくんはどんな服装が好みなんだろう……あまり知らないから、全然想像がつかない……。

 ひとまずは誰でもウケそうな服装にしてみたらいいよね。下手に攻めすぎて合わなかった時がマイナスポイントになりそうだし、その方が無難でしょ。

 というか、その前にカイくんからラインの追加通知が来ないんだけど……どうかしたのかな?



 土曜日。

 俺は待ち合わせ場所である坂之上駅に来ていた。

 午前十時前だというのに休日ということもあってか、駅のホームにはすでにたくさんの人が電車を待ちわびている。

 もちろん俺は駅の外にいる。この人混みの中、ホーム内で待ち合わせすれば、絶対に見つからないからな。

 俺が駅に来てから数分後。星川が小走りで現れた。

 今日の服装は、白地にストライプが入ったワンピースにカーキのブルゾン、リュックと星川にしてはいつもより控えめである。


「ごめんね、ちょっと待たせた?」

「いや、別に時間通りだから謝ることはないだろ」


 これがもし一分でも遅れていれば、多少なり文句は言っていたかもしれない。……たかが一分で文句を言う俺もどうかと思うな。今度から改めよう。


「じゃあ……そろそろ電車来ちゃうし、ホームに入ろっか」

「そうだな」


 ということで俺は切符を購入するために券売機へ向かったのだが……星川がなぜか不思議そうな目で見ている。


「なんだ?」

「いや、スゴカ持ってないのかなと思って……」


 そう言う星川の手を見てみると、ICカードらしきものを持っている。

 たしかに今の時代に切符を購入して電車に乗るという人は減ってきたかもしれないが、そこまで不思議がるほど珍しくはないだろ。


「滅多に電車は乗らないからな。あまり乗らないのにスゴカ持っていても意味がないだろ」


 券売機から切符を受け取ると、そのまま進み、改札口を通る。

 星川も俺の後に続き、スゴカをピッとかざしてホームに入ると、ちょうど電車が到着した。

 電車のドアが開くとホーム内は一気に入り乱れ、乗り降りする人でごった返している。

 俺たちはなんとか電車内に乗ることはできたのだが……満員電車ってこんな感じなんだな。すし詰め状態とはまさにこのこと。身動き一つ取れないくらいにぎちぎちだ。

 そんな中でも電車は容赦なく動き出す。初動の揺れで他人にぶつかり、どこからかチッと舌打ちが聞こえた。……短気だなぁ。

 一方で星川は俺の背中にくっつくようにして洋服の裾をちょこんとつまんでいる。俺の服は吊革じゃねーぞ?

 車内が蒸し暑い。四月の春だというのに人の体温のせいで汗が出てくる。


「大丈夫か?」


 俺は何気なく後ろにいる星川に小声でそう訊く。

 すると、星川は「うん……」と返すだけ。この状況がもしかしたらきついのかもしれない。人混みとか意外と弱いのか?

 目的地である中央駅までは約一時間。こんな環境下での一時間は非常に堪え難い地獄とも言える。

 場合によっては途中で降りるということも考えた方がいいかもしれない。


「星川、そういえばなんだが、彼氏とかいたことないのか?」

「え?」

「いや、俺彼女とかいたことないから、彼氏らしい振る舞い方とかわからなくてな。そこら辺を星川に聞いておきたいなと思ってだけど……」

「い、いたことなんてないよ……。愛夏だって、カイくんが初めて、なんだからね……」


 星川の少し恥ずかしそうな声が背中の方で聞こえてきた。

 まじか……見た目がビッチ臭かったから、そういう経験は豊富かと思っていたんだけど。

 ……人は見た目で判断しちゃいけないんだな。

 そう思っていると、なぜかお腹辺りをつままれた。


「痛い……痛いって」

「なんか失礼なこと考えてたでしょ?」


 星川は少し怒ったような声でそう言った。

 ––––何この子? エスパーなの?

 ひとまず謝っておくことにした。


「ごめんって」


 すると、星川はうぅ〜っと唸り声をあげながらも渋々といった感じで俺のお腹を解放する。


「次、失礼なこと考えてたら容赦しないんだからね……」


 容赦しないってなんか怖いな……。

 それにしてもこの現状。

 電車は揺れながらもどんどんと線路を突き進むも、目的地まではまだ程遠い。

 ……早く時間が過ぎてくれないだろうか。こんなにも時間が過ぎてほしいと思うことはあまりないことだ。

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