第5話 星川愛夏から告られる

 ゼミが終わった後。

 夏空は次の授業があると言って、先に視聴覚室から出て行った。

 俺もちょっとした片付けを済ませると、みんなが出て行った最後に部屋から出る。

 この後は特に何も用事などなかったはずだ。

 ――提出関係も全て出し終えていることだし、今日はこのまま帰って勉強にでも勤しむか……。

 そう思っていると、視聴覚室を出てすぐの壁に見覚えのある子がもたれかかっていた。

 その子は俺に気づくなり、「あの!」と言って、呼び止めようとする。


「なんだ? たしか……星川だったか?」

「え……愛夏の名前覚えてくれてたんですか?」


 なぜか星川は嬉しそうな表情を見せる。

 他人に名前を覚えられるのって、そんなに嬉しいことか?

 そんなことを思いながら、様子を窺っていると、星川さんは急にわさわさと両手を振り始める。


「え、えーっとこれは別に深い意味とかはないの!」

「知ってる。てか、逆に深い意味ってなんだよ?」

「そ、それは……もういいの!」


 星川さんは頰を赤く染めながら、「それより」と話を変えるような勢いで前置きする。


「少し話があって、待ってたんだけど……今、忙しい?」


 出た。出ましたよ。女子の必殺奥義うるうる瞳での上目遣い!

 ある程度顔が整った女子がやれば、どんな男でもイチコロと言われているこの奥義(実際のところは知らんけど)。直前に頰を赤くしたことにより、その相乗効果で攻撃力は倍増! キュン死にすること間違いなし!

 だが、残念なことに長年女子から目を背けていた俺からしてみれば、そんなのは通用しない。いくらあざとい行動をされたところで俺には無意味なのだ。

 とか、心の中で呟きながらも俺は平常心でいるのがやっとというレベル。女子の上目遣いは可愛いということは男であれば誰しもが理解しているであろう。アニメの推しキャラの上目遣いとか想像してみろよ。たしかに二次元と三次元じゃ、いろいろと違うと抗議したくなる気持ちはわかるが、上目遣いってよくない? なんかグッとこない?

 俺は顔が少し熱くなってくるのを感じながらもコホンと咳払いをする。


「わ、わかった……」

「ホントに!? やった!」


 こんな隠キャぼっちと話ができて何が嬉しいのだろうか。

 もしかしたら何かの罠か? 俺を騙そうとしているのではないか?

 考えれば考えるほど、疑心暗鬼になってくる。

 だって、普通に考えておかしいでしょ? こんな可愛い子が俺に話があるって誘ってくるなんてさ。

 いや、待てよ。モテ期か? 俺にもついにモテ期到来か?


「じゃあ、カイくん。ここの四階にあるカフェテリアでいい?」

「あ、ああ、いいけど……」


 カイくんって誰? もしかして俺のこと?

 会話の流れ的に考えても俺しかありえないのだが……さすが陽キャ。コミュ力は高い上に馴れ馴れしいなぁ。

 それにしてもなんの話があるというのだろうか? 念のため騙されないように気をつけておこ。



 四階のカフェテリアに入店したところで俺と星川は外の景色が見える窓側にそれぞれ対面の状態で座った。

 テーブルの上には先ほどカウンターで注文したアイスカフェラテがコースター上に二つ置かれている。

 星川はその一つを手に取ると、ストローを挿して、一口ほど飲む。


「ホントに急でごめんね?」

「いや、それは別にいいんだが……」


 本心ではよくないし、なんなら俺の貴重な時間を潰す気か? と言いたいくらいではあるが、ここは社会的にも身の安全的にも紳士な態度を取ろう。


「それで話ってなんだ?」


 そう訊くなり、星川の態度が急変する。

 ストローをマドラーみたいにくるくると回しながら、カフェラテの方に視線が向く。

 その表情は何か言いたげではあるけど、言いにくいというようなそんな感じ。

 どのくらいか、くるくるした後に覚悟でも決まったかのように表情が引き締まり、顔を上げる。


「と、唐突で悪いんだけど……あ、愛夏の……恋人になってくれない?」

「……は?」


 本当に唐突すぎる。今何を言われたのか一瞬では判断できなかったわ。

 俺って……告られてる?

 そう思ったのだが、どうやらそういうわけではないようで、星川はわちゃわちゃとしながらもすぐさまに補足を付け足す。


「べ、別に本物の恋人になってとかそういう話じゃないからね!?」

「あ、ああ……」

「その、今度友だちとデートしようっていう話になっちゃって……」

「デートね……」


 女子とデートをする日はまだまだ先だと思っていたが、フリとはいえ、こんな早くに来るとは思いもしなかった。

 友だちとデートするということはダブルデートとかその辺りだろうか? 


「でも、俺でいいのかよ。俺よりまだマシな男いるだろ?」


 女子の間では、彼氏によって上下関係が決まるといった話を聞いたことがある。こんなスクールカースト底辺でしかも隠キャぼっちの俺を連れて行けば、確実に堕ちてしまうと思うのだが……そこら辺は気にしてないのだろうか?

 星川はむっとした表情を見せる。


「たしかに他にも男子の友だちはいるけど……カイくんじゃなきゃ嫌なの」

「そ、そうか……」


 そこまで言われると、俺としても断りづらい。

 最初こそ、断ろうかどうか迷っていたが……ここは仕方がない。同じ高校の同級生として助けてやるか。


「わかった……」


 陽キャたちとダブルデートだなんて考えただけでも背筋に寒気が走る。苦手な人種といるだけで禁断症状であるコミュ障が出てしまうというのに……。

 俺の返答を聞いた星川はどこか安心したような、それでもってどこか嬉しそうな笑みを浮かべて、見えていることも知らずにテーブルの下で小さくガッツポーズを取っている。


「ありがとね、カイくん」

「あ、ああ……それよりカイくんっていう呼び方はやめないか?」

「なんで? いいじゃん」

「いやいや、ちょっと馴れ馴れしくないか? 仮に俺が星川のことをアイちゃんって呼んだらどう思う?」

「キモい」


 即答だった。

 しかも結構真面目な顔で言われたから、なおさら傷ついたんだが……。


「と、とにかくカイくんっていう呼び方はやめろ」


 そう言うと、星川は拗ねたような表情をする。


「……わかった。じゃあ、カイちゃんって呼ぶ」

「いや、それはもっとやめろ」

「じゃあ、カイくんね」


 なぜ人をあだ名で呼びたがるのかが理解できないが……これは何回も言ったところで無駄だろう。

 すっかりアイスカフェラテの氷が溶けきってしまったところで俺は初めて口に含む。うん、薄い。

 星川も自分のアイスカフェラテをストローでズズーッと飲み干すと、一枚の紙切れを俺の目の前に差し出す。


「これ、愛夏のラインIDだから後でちゃんと追加しておいてね」


 それだけを言い残すと、星川は席を立ち、カフェテリアから姿を消した。

 一人残された俺はアイスカフェラテを啜りながら、紙切れを凝視する。


「俺……ラインやってないんだけどなぁ……」


 ぼっちの俺には不要のため、インストールすら一度もしたことがない。親の連絡とかは普通に電話やキャリアメールで間に合ってるし。……後でインストールしとこ。

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