第2話 純粋すぎる彼女
講義が終わり、昼休み。俺と夏空は桜島が一望できるベンチへと座っていた。
この鹿児島総合大学は高台の上に建てられている。そのため、学内にはちょっとした展望台らしきところがあり、そこから望む桜島と市街地の景色はとても絶景だ。特に今日みたいに晴れた日は青空との相性が良く、絵になるレベル。この大学で唯一いいところと言えるだろう。
「それでさっきのはどういう意味だったんだ?」
俺はどのくらいか景色を眺めた後、隣に座っている夏空にそう訊いた。
すると、夏空は少し悲しげな表情を浮かべる。
「やっぱり、覚えてなかったのね……」
「そう言われてもなぁ……。俺とは初対面だろ」
そう言うと、夏空は首を左右に振る。
「ううん、違うわ。海斗くんとは何度も会ったことある」
「いやいや、俺にはそんな記憶ないんだが? もしかしたら人違いじゃないのか?」
同じ顔で同じ名前で同じくらいの年齢……人違いだよな?
よくよく考えてみると、世の中には同じような人が三人はいると聞くが、ここまで似たようなやつが世の中にいるのだろうか? もしいたとなれば、それは……ドッペルゲンガーじゃないのか?
そんなことを考えていると、夏空がぐいっと顔を近づかせ、じーっと見つめてくる。
「な、なんだよ……」
俺は思わず目線を逸らし、仰け反ってしまう。こんな美少女に顔を近づけられ、まじまじと見られてしまえば、誰しもが恥ずかしさのあまりに逸らしたくなるだろう。
どのくらいか夏空は俺の顔を見た後、姿勢を元に戻しては何かわかったのかうんと一回相槌を打つ。
「やっぱり人違いじゃないわ。海斗くんがそう言うからそうなのかしらって一瞬思ったけれど」
「どこでそう判断できるんだよ?」
「どこって……まぁ、なんとなくかしら?」
「結局わかってないじゃねーか」
「でも、海斗くん保育園はひこばえだったでしょ?」
「……え?」
「ひこばえ保育園バラ組……私もそこだったのよ。ね、会ったことあったでしょ?」
小さく照れ笑いにも似たような笑みを見せると、夏空はベンチから立ち上がる。
たしかにそう言われれば、会ったことはあるかもしれない。だが、保育園の時の記憶がどうしても思い出せないでいた。なにせ、俺が小さい頃の記憶だ。そんな昔の記憶を覚えている人なんて滅多にいない。覚えていたとしても遊具とかで遊んだ記憶ぐらいだ。
「海斗くん……」
気がつけば、夏空は俺の目の前に移動していた。
手を後ろに組み、頰を赤く染め、恥ずかしそうに時折もじもじとしている。
その様子はまるで何か言いにくいことを今からカミングアウトするようにも見えた。
夏空は俺を確認するかのように一瞥する。
「私と海斗くん……実は婚約してるのよ」
「……は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
というのも一応覚悟はしていた。夏空の様子から見ても、非常に言いづらいことなんだろうなということはわかっていたし、なんなら過去の黒歴史とかでも言いだすんじゃないかと戦々恐々としていた。
にも関わらずだ。なにそれ? 婚約しているってどういうことだよ!?
俺が頭の中でいろいろと思考の整理をしている一方で、夏空は頰に手を当てて、「言っちゃったわ♡」みたいな感じで照れている。
こんな美少女が俺の婚約者? はは。面白い冗談だねぇ。
「ちょっといいか?」
「はい?」
「俺と夏空はいつ婚約者になった? 過去の記憶を辿っても全然思い出せないのだが……」
「保育園の時かしら? 私にプロポーズしてくれたじゃない」
「あーそれで思い出せない––––って、ちょっと待て!」
保育園の時だって? 仮にプロポーズをしていたとしてもそれは子ども同士の口約束みたいなものだろ。それを夏空は今まで本気にしてきたというわけか?
夏空は不思議そうな表情を浮かべて、小首をちょこんと傾げている。
「夏空……冗談、だよな?」
「冗談なわけないじゃない。私は今まで海斗くんのことをずっと想ってきたのよ?」
夏空の微笑みが眩しく見えた。何この子? 純粋すぎない?
いかにも責任を取ってよねみたいな言われ方をされた。
こんな子が俺の婚約者……別に悪い気はしないが、ここまで校内一の美少女を惚れさせた過去の俺が気になってくる。
「ちなみになんだが……その保育園の時の俺が夏空にプロポーズした際の言葉って覚えていたりするか?」
「うん、一言一句覚えてるわ」
若干引いてしまった。昔の記憶をそこまで覚えているとは……。
「え、えーっと、その時なんて言ってたか教えてくれないか?」
そう言うと、夏空はコホンと咳払いをして、喉の調子を整える。
「君は俺の前に舞い降りた天使だよ。俺は君に会うために生まれてきたのかもしれない。これはいわば運命の出会い! 神が俺たちを引き合わせたのさ! だから俺と––––」
「も、もういい! やめてくれ! てか、やめろおおおおおおお!」
何言ってんの? 本当に俺がそんなことを言ったのか? そんなキザなセリフ? 恥ずかしすぎる! というか、もう死にたいレベルの黒歴史じゃねーか!
俺は頭を抱えながら悶え苦しんだ。小さい頃の俺ってもう……マセガキだな?!
「一応、動作も覚えてるわ。片足を地面につき、花壇に植えてあったチューリップを引っこ抜いて私に差し出してた」
「いや、嘘だろ……」
俺は今どんな目をしているのだろうか。きっと虚ろな目をしているのだろうな。
「嘘じゃないわ。それに婚約証明書だってある」
夏空はむっとした顔を見せると、ベンチの上に置いてあったカバンの中から巾着袋を取り出す。
そして、その巾着袋を開けると、中から何回かに折りたたまれた古びた紙を手に取る。
「はい」
俺はそれを躊躇いがちに受け取ると、紙を広げた。
「…………」
そこに書かれていたのは間違いなく、俺の名前と夏空の名前がクレヨンで記されていた。
その両者の名前の下には両親の名前が書かれており、なぜかちゃんとした印鑑が押されている。
「ほら、私たちの両親も認めていることだし、正式な婚約者と言えるでしょ?」
これが本当に正式と言えるのだろうか? ただ単に親が子どもの戯言に付き合っただけじゃないだろうか?
この純粋すぎる夏空美海……将来が心配すぎる。
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