第3話 夏空美海はポンコツでアホである

 午後の講義を終えた俺は再び夏空と合流するなり、一緒に帰り道を歩いていた。

 大学の外側は住宅地になっており、そこでアパートやマンションを借りて住んでいる大学生も少なくはない。

 俺も一応、実家から離れた身。大学からすぐ近くのところにある三階建てのマンションの一室を借りている。

 一方で夏空も一人暮らしをしているみたいなのだが、鹿児島総合大学にはなぜか女子と留学生だけ寮がある。寮と言っても一緒に朝、昼、晩ご飯を食べたりとか共有スペースはなく、普通のマンションだ。

 そのマンションには管理人が常に駐在しており、セキュリティ面も抜群。その上に部屋はとても綺麗で浴室とトイレは別、エアコン完備にインターホンモニターが付いて、インターネット無料の広々としたワンK。これで月々の家賃が水道光熱費込みで二万五千円だから羨ましすぎる。俺のところなんて同じような感じだけど、四万円くらいだよ? 女子と留学生相手に高待遇すぎないか?

 世間では男女差別だったり、人種差別など様々と問題にはなっているけど、この大学に関しては逆だ。男子だけ寮がないのは差別と言っていいのではないだろうか?

 と、そんなことを考えながら帰路についているのだが、どうしたものか。つい現実逃避をしてしまっていたようだ。

 今、隣を歩いている夏空は俺の婚約者(仮)になっている。

 夏空とは今後のためにもいろいろと話をしておきたい。

 俺はコホンと咳払いをすると、夏空に話しかけてみることにした。


「なぁ、少し聞きたいことがあるんだが、いいか?」


 すると、夏空は俺の方に顔を向ける。


「なにかしら?」

「俺たちって、結局どういう関係なんだ?」

「婚約者……じゃないのかしら?」


 夏空は可愛らしくもキョトンとした表情で小首を傾げる。

 今日、記憶があまりないとはいえ、久しぶりに再会した夏空。昼休みに話を聞いてみるなり、保育園の時にどうやら俺がプロポーズをした相手だったらしく、婚約者だということが判明。

 一件の流れ的にはこんな感じだとは思うけど、よくよく考えれば、本当に急展開すぎるよな。俺からしてみれば、たまたま隣に座った子が校内一の美少女でその子が昔、結婚を約束した相手だったというわけだから、ここまで思考が追いついただけでも自画自賛ではないにしろ、すごいと思う。

 夏空は俺の様子を見る限り、誤解をしているのか、だんだんと不安げな表情になっていく。


「そ、そうよね。いきなり婚約者ですって言われても困るものね……」


 いや、全然誤解してなかった。むしろドンピシャだ。


「今は二人ともどうしたらいいかわからないと思うし……そうだわ! 恋人関係から始めてみるというのはどうかしら? 結婚前提のお付き合いとかよくあるでしょ? まずは二人のことをよく知ってから大学卒業とともに結婚……いえ、学生結婚もありだわ!」

「全然なしだわ! てか、おかしくないか? 普通お互いのことをあまり知っていなかったなら恋人関係からじゃないだろ」

「じゃあ、どこから始めるのよ? 裸のお付き合い、とかかしら?」


 夏空は自分の体を庇うように抱き、俺を蔑んだ目で見る。


「いや……」


 それに対し、思わず苦笑してしまった。

 なぜか俺が変なことを言ったみたいな空気になっているが、まったくもって違う。

 てか、裸のお付き合いって何? 風呂に一緒に入るということか?

 そうなってしまえば、もう下手したら一線超えちゃうよ?

 夏空美海––––昼休みの時から思っていたけど……ポンコツだ。思考回路が小学生並みにアホすぎる。

 婚約者という相手が俺でよかったなと普通に思ってしまう。もし、俺以外の男だったら本当に危ないところだった。

 夏空は何がおかしいの? みたいな顔をしている。


「普通は恋人からとかじゃなくて、友人関係からだろ? そこから相手のいいところ悪いところを見ていって、最終的に付き合うかどうかを判断していく。そういうもんだろ」


 こんな美少女から告白みたいなことを言われるのは今後ないかもしれない。俺だってできれば、付き合えたらいいなとは思うが、やっぱりここは慎重にいくべきだ。

 俺たちはもう高校生でもなければ、子どもでもない大人だ。大人らしい付き合い方をしていくべきだと俺は思う。


「ふーん。そーいうものなのね。じゃあ、それでいいわ」


 意外とあっさりした返答だった。

 もっと「なんでそんなに頑ななの?」とか「付き合っても海斗くんにはデメリットなんてないじゃない」とか言われるのかなと思ったりもしたけど……まぁいいか。


「じゃあ、俺はこっちだから」

「うん、じゃあまたね海斗くん」


 帰路の途中で俺と夏空はそれぞれ分かれた。

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