なんも、いらね。

 

ヘドフォン鳴らしてマフラーにカオ埋めて。

ダッフルのポケットに両手を突っ込んで歩き姿猫背。

それは現実逃避してるのをよく表してる、なんて、ショーウインドウのじぶんを横目に見て思う。

 

耳を塞いで、口を塞いで。

両目に写した、せわしない人混み。

すれ違う人間のカオなんて、認識しない。

 

大都会のばかみたいな人混みの中で、すれ違ってもきっと気付かない。

それはとてもさびしい響きかもしれないけど、おれには、その方がここちいいのだった。

 

赤――、青、歩き出す群集。

 

立ち止まれば足元ばかり見てるカオ上げた瞬間。

信じられない幻を見た。

まともに目が合った。多分、気付いた。ありえない。

反射的に、惰性的に青信号に踏み出した足が間に合わない。

俯いて、人ごみを盾にしてすれ違う。

 

どんなに焦がれた相手でも、時間に比例して会いづらくなる。

こわい、という感情に支配される。

足早に、人混みに紛れて人と人の間をすり抜けてすり抜けて。

目的の場所を目指すことすら頭の中からなくして。

ただただ、見つからないよに逃げられるよに、巻けるよに。

 

………くだんね、


人混み外れて、行くつもりもなかった緑地公園。

棒立ち、振り返った無人の道見てぼやくおれのみじめさったらない。

 

結局、おれが欲しいのは戻らない時間で。

あの時あの瞬間以外要らないんだろな。と思う。

何度も何度も、このシチュエーションを頭の中でシミュレートしたはずなのに。

いつだって、どんな言葉も言えなかった。妄想の中さえ。

接点が途切れるってそういうことか、なんて。

 

仕方ないから、緑の道を見上げながら歩いた。

大都会のど真ん中、ここだけ隔離されたように寄せ集められた緑。

ここだけが非日常みたいに、喧騒さを失って。

 

おれの中の記憶があそこで止まってるみたいに、あいつの中のおれもあそこで止まってればいい。

今のおれの姿なんて見なくていい。

あんなヤツが居た、ぐらいでいい。

 

針の止まった時計を棄てられずにいるけど、それを見るたび、どこか少しほっとする。

思い出だけはいつも、きれいなままで居てくれるから。

 

ポケットの中の、それをぎゅっとにぎりしめた。

 

(なにもいらない。)

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