ハルシオンの夜に
野生の雛、ってさ。
生まれてはじめに見たものを、親だと思うらしい。
これは有名だよな。
じゃあ、雀の恩返し、ってのは知ってるか?
うまく育って、野生に帰って行った雀は、その後伴侶を連れて戻って来るらしい。
巣立ったそいつがまた、自分の立派になった姿を見せに戻って来るなんてのは、すごい恩返しだよな。
……なんて。
おれの家を仮宿にしてるあいつは、巣立つ気なんてとうにないんじゃないかと思うぐらい、自堕落気ままな生活をしてる。
酒と、博打と、女と。……なあ?
典型的な、駄目なヤツだった。
はじめこそちゃんとまっとうに働けと口煩く諭したけど、
今となっちゃまるで響かないのがわかってるからそんなことは端から諦めていた。
結果的に、おれすらも、自堕落な生活。
他人は言う。
お前がアイツをダメにしてる部分、ないとは言わないよ。
じゃあ何か。お前はおれがアイツにしていることすべて分かってるのかよと。憤る気力すら、おれには残っていなかった。
出逢って、既に3年の月日が流れていた。
飲んだくれて潰れてたのを、何を思ったか親切心出して家に上げたが最後、鳥の止まり木、野良の仮宿。
迷惑してるんなら追い出せよ、と思うだろ?
実のところ、迷惑してるわけじゃない。
どこかで稼いで来た金を置いて行ったり、土産を買って来たり、そういうところもあって正直半野良の猫を飼ってるような感覚に近かった。
手は掛からない。てめえのことはてめえで出来るだけの能力は持っていた。
ただ、必ず最後にここに戻って来るから、頭数からはずすことが出来ない。
オレにはお前しか居ないよ、
くだらない寝言を零すことがある。
決まり決まって、真夜中の、酔いどれ帰宅後のベッド。
背中越しの体温も、囁きも、すなおに喜ぶ気にはならない。
これがそれこそ、金をせびる時に言う科白だったりしたならいっそ清々しく縁を切れたのかもしれない。
眠ったふりをしながら聴く独白は、むねが寒くなる。
殴りたくなる衝動を抑えて、眠った。
こんな曖昧な関係が、こんな怠惰な暮らしが、いつまでも続くはずはない。
早朝、目が覚めて夜通し帰らなかったことを確認する度に、そう思う。
覚悟は、何度だってしているはずだけど、その度にざわついたり、血の気の引いたようになる体と心におれは疲弊していた。
おれが居なくたってどうにか生活はして行くんだろう。
アイツが居なくたって、おれは生きて行けるだろう。
いつか言われた他人の言葉がトドメのように、おれを衝動的にさせる。
何もかもを置いて、おれが出て行けばいいんだと。
秒読みははじまってるのかもしれない。
そうやって、覚悟を決めたその日に限ってあいつはひらりと舞い戻ってくる。
アイツはきっと知ることもないんだろう。
おれが眠れない夜を数えることに飽いていることも。
ただただ、逃げ出したくて堪らないと、思う。
…………何から。
【お題:いっそ殺意を覚えるほど】より
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