最終話

 美冬は約束の日を待ちわびていた。一緒に秋人と下山しなかったのは、五年住んでいた家を掃除したかったのだ。

 嫌々で嫁いだものの、やはり愛着のある家。綺麗にして出かけたかった。お気に入りの絨毯は男の血で汚れてしまってシミになったが切り取って細かくした。スキーステッキも何分割して血で汚れて脱ぎ捨て隠していた秋人の服も暖炉の中に入れて燃やした。

 男の遺体を埋めた上には薪を運び少しでも発見を遅らす細工もした。

 秋人はそのままでもいいとかいうのだがそれはダメだと美冬は思ったのだ。一人で片付けるのにも時間がかかると思い下山を先延ばしにしたのだ。



 しかしその判断が間違いだったのは今の状況である。今までにないことが起きたのだ。


 聞いたことのない音がしたと思ったら一気に美冬は暗闇に閉じ込められた。身動きが取れない。


 雪崩起きたのだ。

「今年はかなり降るらしいぞ」

 と言っていた生前の男の言葉を思い出す美冬。

「もしものことがあってからでは遅い。雪解け前に下山した方がいい」

 と真剣に男が話をしていたことも思い出す。


「あなたの言っていたことを思い出せばよかった……」

 と声に出すこともできないくらい苦しい。でも先に秋人が下山して良かったと。だがきっとまた彼が美冬を迎えに登りに来るだろう……したらまた彼も雪崩に巻き込まれる危険がある。スマホが鳴る。この着信音は秋人であると確信したのは秋人が好きだった曲の冒頭を着信音にしていたからだ。どこにあるかもわからない。


「おねがい、もう一人で遠くに行って。私はいいわ。夫とこの山に眠るわ」

 着信音は何度も鳴った。そして聞こえなくなった。美冬の目から涙が出る。右から左へ流れる。その時美冬はわかった。右側が上の方だと。

 昔、男に言われたことがあった。雪崩にあった際に唾を垂らして垂らした方と反対側が上の方だ、と。


「……」


 しかしその記憶を最後に美冬は力尽きた。



 そのことも知らず秋人は一人、美冬の元に向かう。

 そして遠くから大きな音がした。


「美冬……美冬……」

 その言葉が秋人の最後の言葉であった。



 終

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