四話

「やはりそうだったか、俺の勘は当たったか」

 男が笑うと美冬は空になった秋人のココアの入っていたマグカップを下げた。

「見る目がまず違った。互いに見る目が。好みを知っておる、ココアだってそうだ。初冬にここにきた際になぜかコーヒーでなくてココアを出した時があったが、わざわざココアを。貴重なんだぞ。俺はココアが嫌いだ。美冬も飲むのもたまにだ。ココアが好きな君が訪れることを願ってストックしておいたのかな」

 秋人は男から目を逸らす。台所から戻ってきた美冬は男の横に座る。目は伏せている。

 そして男が美冬の腰を強く抱き寄せる。


「お前の愛した女はもう俺のものだ。俺の形を受け入れ、俺の好みのままだ。お前の好みの形はもうない、俺に染まった美冬だ」


 男は秋人とは違い体格も良く、毛深く、手入れのしていない長髪は適当に結い、顔立ちは悪くはないが山で仕事をし、健康的に焼けた肌、傷やマメで荒れた大きなゴツゴツした手に太い指、野太い声は常に大きい。

 それに比べて秋人は背丈は男と同じくらいだが細身だが筋肉のつきは良く、短く綺麗に切りそろえ、肌は白く、綺麗に整えられた爪と細い指、優しい声。正反対なのだ。美冬は秋人が好きだったのだがそれを構いなしに男が奪ったのだ。それを拒否できないまま、美冬は受け入れ、5年という歳月が経って男の思うがままに生活してきた。


 しかし式の段取りをかってでてくれた秋人、そしてこの山に登りに来る彼……忘れることはできない。


「……もう今日限りにします。僕はこの街を出て山岳のツアーコンダクターをするのです。環境活動も同時にして行きます。この山で、あなたたちに教わったこともとてもいい経験になりました。……本日は泊まらせてください。そして、美冬をよろしくお願いします」

 秋人は頭を下げた。男はうなずく。


「まぁいい。もうここには来るな、手紙もよこすな。だがこの山のことは忘れるな……美冬、布団の用意をしろ」

「はい」

 美冬は男に従順である。秋人の右目には涙が流れている。


「やっぱり無理だっ!!! 」

 と、秋人は立ち上がり男がさっき持っていたスキーステッキを取り上げて男に目掛けて振りかざした。

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