第34話 戦争孤児




 少女らは息を切らせながら学院内の廊下を走る。爆発による微振動はとっくに収まったのか、所々壁にはひびが入ったり瓦礫が転がっていたが、辺りはとても静かだ。

 耳朶に響くのは少女らの息遣いのみ。



「貴方達、どこも怪我はありませんですの!?」

「は、はいリーリア様! いきなり爆発音が聞こえて、怖くて、しかもハウンドウルフを見掛けたので、咄嗟に木の陰に隠れて息を潜めておりました」

「あのローリエというゼロクラスの生徒に恐ろしい気配をぶつけられたときはもうダメかと思いましたが、む……クリスティア様が、助けて下さったのです……!」

「……っ、そう、でしたか。なにより、貴女方が無事で良かったですの」

「―――アンタたち、ごちゃごちゃうるさいわよ」

「「も、申し訳ありませんっ!!」」



 少女らの先頭を走るレイアは顔を前に向けたまま鋭い声を放つ。ハルトとクリスティアと別れてから、レイアは整った顔をしかめたままずっと考え事をしていた。



(あの力はいったい何だったのかしら……?)



 レイアがローリエを追って医務室を飛び出した後、分裂したローリエに魔剣を振るった。しかし彼女が斬られた後黒い靄となった為に剣技能スキルではない何かしらの能力による囮……偽物だと判断。

 すぐさま元の場所に戻ろうとするも、その近くでハルトの魔力を察知したので合流した。


 ハルトがあの黒い装束を纏った『影』と名乗る人物はハルトが撃破・捕縛した後、レイアが連絡した知り合いの転移術師により帝国軍の本部へと転送された。何事も無ければそのまま情報を引き出すため拷問へと移行するだろう。レイアが帝国軍に所属してから二年間に培った経験からそんな事実は想像に難くない。


 しかしそんな結果よりも、レイアはとあることを懸念していた。それは―――、



「あの、レイア様」

「あん? なによ?」



 リーリアの呼び掛けにより思考を中断されたレイアは思わず怒気を含んだ声が出た。せっかく魔剣精クラリスの件とローリエが見せた謎の能力を推察しようとしていたレイアだったが、相手はレイアと同じ公爵家とはいえ邪魔されて良い気分ではなかった。


 正直、レイアはリーリアが苦手だ。


 二人は同世代の魔剣使いで貴族ということで貴族階級のパーティで何度も顔を合わせる機会が多いのだが、リーリアは他の身分が低い貴族に対し高飛車で相手を見下す雰囲気が見られたので極力会話することを避けていた。


 しかしハルトが先に第三皇女のもとへ向かったので、『影』の処理後レイアも向かおうとしたら偶然リーリアも発見。そのまま着いてきたという経緯だ。



(……ま、この子もなんだか前より憑き物が取れたような顔してるし、何か良いことでもあったのかしら)



 良い方向に成長していることを感じつつレイアは耳を傾けると、リーリアは一拍をあけたのち訊ねた。



「……あの二人は、大丈夫なのでしょうか?」

「あぁ、そんなこと? クリスティア皇女殿下は知らないけど、あのバカハルトがいるのなら問題ないわ。むしろ、やり過ぎないか心配なくらいよ」

「あの殿方の実力は知っていますが、それでも、不安ですの……」

「(は? 殿方……?)……何も不安に考えることなんてないわ。なんたってアイツ―――」



 最初はリーリアの話す言葉に恥じらう乙女的なニュアンスが漂っていることに気付くも、レイアは年上の余裕を以ってざわついた心を強引に抑える。……ピクピクとやや口元が引き攣り気味だったが。


 そして、平静を取り戻すとそのまま自信満々に言葉を紡いだ。



「―――レーヴァテイン帝国、最強の魔剣使いなんだから」








 一方のハルトとクリスティアは分裂したローリエと戦っていた。熾烈ながらも鮮烈な剣捌きを見せる二人だったが、ローリエは沈黙に徹しながらも凄まじい速度で剣を振るっている。



「――――――」

「おらおらどうしたローリエ! 数が多くても当たらなきゃ意味ねーぞッ!!」

「ハルト先生! この多くのローリエさんは彼女自身の福音―――『分裂スプリット』という力により分裂しています! 先程の私たちを拘束した草も意図的に彼女が増殖させたもので、きっと他にも分裂させることができる対象があります! 気を付けて下さい!」

「そうか、ありがとなクリス!」



 クリスティアの助言に感謝を伝えながらも白銀の光を纏わせた魔剣精シャルロットを振るうハルト。袈裟懸けに斬られたローリエは黒い塵と化した。


 その様子を見届ける暇も無く次のローリエが襲い掛かってくるが、ハルトはその内心で先程クリスティアが口にした言葉のことを考えていた。



(『福音』……? 確かにこのローリエたちには本人同様にほんの僅かしか魔力を感じない。剣技能スキルを発動するには魔力の消費が欠かせないし、この調子で分裂すれば本来魔力の少ないローリエの魔力はすぐに尽きる筈だ。となると……なるほど、剣技能スキルじゃない別の概念。それが『福音』っつーワケだ)



 また、ハルトはローリエが持つような不思議な能力がある少女のことを脳裏に思い浮かべていた。

 襲い掛かるローリエを白銀の剣で薙ぎ払うと、ハルトは同じくこの場で剣を振るっている金髪の少女に目を向ける。その剣技は、かつてハルトの隣に立っていた魔剣使いの少女と同じものだった。



(クリスも、また―――)



 と彼女が持つ能力もローリエと同じものだろうと目を細めていると、突如背後から濃密な殺気が漂う。剣で防ぐように背中に差し込むと、ガキンッッ!!と金属がぶつかる鈍い音が響いた。


 その正体は、その瞳に冷酷な光を浮かべる本体のローリエが振るう魔剣ジェミニ。



「―――余所見をするな」

「……しょうがねぇだろ。久々にアイツの剣技を見たんだ。その思い出にゆっくりと浸らせてくれてもいいんじゃねぇか?」

「なら、続きは地獄で見ろ……!」

「そいつは無理な相談だ。……残念だがな、俺がこんなところで死ぬワケにはいかねぇんだよ。―――ふんっ!!」

「……っ!」



 ハルトは剣でローリエの刃を滑らせながら勢い良く振り抜く。魔力を腕に込めて膂力を限界にまで高めたその腕力は、小柄なローリエを吹き飛ばすには十分な力だった。


 その間にも分裂したローリエが襲い掛かってくるも、ハルトは魔剣精シャルロットへ魔力を流したまま剣を構えた。



「いくぞシャル。こいつらだったら問題・・・・・・・・・・ない・・

『了解です、ハルト。とシャルロットは返事をしながら阿吽の呼吸で次の行動に移します』

「―――『十字架ノ波動戟グランドクロス・スラッシュ』ッ!」



 基本剣技能スキル『スラッシュ』の派生剣技、『十字架ノ波動戟グランドクロス・スラッシュ』。魔剣に魔力を纏わせた斬撃が『スラッシュ』だとすると、この派生剣技能スキルは斬撃が十字型に狙った対象へ飛翔する。


 事実、白銀の輝きに満ちる十字型の斬撃が鋭く飛翔すると、数十のローリエが塵になって消滅した。


 本来ならば広域的な対象―――巨大な魔獣や複数体の魔獣に向けて発動が推奨される剣技能スキルだが、あくまでこの複数のローリエは本体のローリエが分裂した存在。


 つまりは実体ある夢幻に等しい存在だ。この分裂したローリエに生気が宿っていないことは最初から分かっていた。だから―――、



「―――お前にとっては自分に似た人形・・・・・・・がどれだけ斬られても痛くも痒くもないんだろ? なら、最初から手加減は必要ないよなぁ?」

「…………チッ」

「ハルト先生!!」



 魔剣精クラリスを握ったクリスティアがハルトのもとへと駆け寄る。周囲を見れば、複数のローリエは生気のない表情のまま、動きを止めていた。


 ローリエは憮然とした、されどマグマのような煮え滾った激情を秘めた表情をしながら立ち上がる。そんなローリエらしからぬ顔にハルトは何かを感じ取ると、ゆっくりと剣をおろした。


 やがて、ローリエは口を開いた。



「……確かにウチ以外の『ウチ』には意思が無い。ただウチの言うことを訊くだけの、静かな人形だ。……けどね、感情が無いワケじゃないんだよ」

「……え」



 思わず頭が真っ白になったクリスティアは言葉を洩らす。ハルトは無言のままローリエを見つめると、彼女は身体を震わせていた。


 その身に秘めるは悲しみか、それとも―――、



「痛いときは痛いし、悲しい時は悲しいってウチの心に流れてくるんだよ。痛くも痒くもない?―――そんなワケないだろうが!!」

「っ……!?」

「『ウチら』は戦争孤児だったウチの唯一の家族なんだ! 辛い時も苦しい時もずっと側にいてくれた!! だからウチは、ウチらに手を差し伸べて幸せに導いてくれるって言ってくれた『極光きょっこう慧星すいせい研究会』に報いなければならないんだ!! 悪神アスタロトなら、こんなクソッたれな世界を創り直してくれるから!! だから、ウチは命令に従って……!!」

「ローリエ、さん……」



 ローリエは叫びながら激しい感情を吐露する。その様子を見ていたクリスティアは、思わず身体の中から何かが込み上げそうな気配にぎゅっと胸を抑えながらローリエを見つめた。


 クリスティアにはクリスティアの。ローリエにはローリエにしか分からない苦悩がある。

 ふとクリスティアはローリエから言われた言葉を思い出す。”憐れんだ目で見るな”というのは、きっと過去にそんな出来事があったからなのだろう。


 戦争孤児、というのは言葉通り国家間の戦争や内紛で親を失った子供を指す言葉だ。教会で過ごせるのならばまだ良く、それに洩れた孤児のほとんどが劣悪な環境であるスラムで過ごすという。現在のレーヴァテイン帝国では環境整備が施され数年前にスラムは無くなったが、諸外国ではまだ多く残っているという話だ。


 それは、皇族であるクリスティアにとっては知識として知っていても、とても想像できない世界だった。


 まるで喉の奥に泥が詰まったような感覚に陥っているクリスティアが言葉を紡げずにいると、その隣に立っていたハルトは何気なく口を開いた。



「―――なんだ。お前、俺と同じか」




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