第35話 七色に輝く希望の光




 ハルトの何気ない一言に理解が追い付かないローリエ。そしてまた、クリスティアも同じ思いだった。



「は……? いきなり、何を言って……っ!?」

「ハ、ルト先生……?」

「だから、俺も帝国の戦争孤児だったんだよ。物心ついた時には、あのゴミ溜めみたいな薄汚ない場所で過ごしてた。だからお前の気持ちも少なからず分かるんだよ、ローリエ。……あそこは常に悪意が蔓延る酷い場所で、人の心が一瞬で黒くなるとこだ」

「だったら……ッ!!」

「でもな、それが世界の破滅を望む免罪符には決してならない。人を傷付けて良い理由にもな」



 ローリエを見つめるハルトの眼差しはとても柔らかい。そして敢えてこう続けた。



「ローリエ、俺はお前に同情する・・・・。俺は帝国軍に拾われ、ローリエは悪神アスタロトが関係する、その『極光きょっこう慧星すいせい研究会』が差し伸べる手を握ってしまった。よりにもよって、自分から利用されることを選んでしまった」

「利用……!? 違う、ウチは……!!」

「現に、お前は家族だと言うこいつらを危険に晒しているじゃねぇか」

「……っ」

「命令だか何だか知らねぇけど、お前が一番に守りたいものはなんだ? 組織の命令か? それとも自分の家族か?」

「う、るさい……ッ! うるさいうるさいうるさい!!」

「本当に自分がしたい目的を、見失ってないか?」

「だ、まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」



 半狂乱になったローリエは分裂させた魔剣ジェミニをハルトへ凄まじい速度で複数投擲。青白い雷撃を纏ったその剣は空気を切り裂きながらうなるが、見切っていたハルトがすぐさま対応。魔剣精シャルロットで弾いた。


 魔剣学院では一切魔剣の能力を発揮していなかったが、ゼロクラスの情報に事前に目を通していた通りルーメリアと同じ雷属性だったようだ。


 ローリエはぜえぜえと肩で呼吸する。心臓がバクバクと激しく動き、揺れる心の振動が止まらない。ローリエは息を乱しながらも胸に手を置くが、その原因は既に分かりきっていた。


 いつの間にかハルトとクリスティア、ローリエの周囲には誰もいなかった。



「そもそも悪神アスタロトは人類……いや、この世界の最大悪だ。その記憶の欠片に触れ・・・・・・・・・・たからこそわかる・・・・・・・・。あれは、あれだけは絶対に封印を解いてはならない」

「……ち、…………の?」

「ん?」

「……ハルっち、アンタはいったい何者なの? どうして、そんなことを知ってるの……?」

「……努力、したからな」



 ハルトはかつて目の前で失ってしまった少女を思い出しながら力無く呟く。その表情はまるで怒っているかのような、泣きそうであるかのような笑みだった。



“初めまして! 私、メリア・ヴァーミリオンって言います! よろしくね?”

“ハルちゃんは冷たいなー。えへへ、でもちゃんと私のこと守ってくれるから好き!”

“ねぇ、ハルちゃん。私はたぶん、もう無理だと思うから―――代わりにレイちゃんのこと、守ってあげて?”



 五年前、災害指定魔獣である四聖魔獣・ホウオウに勝てないと分かってもなお、最期までメリア・ヴァーミリオンという少女は笑っていた。自分がこれから死んでしまうというのに、朗らかに。


 だからこそ、ハルトも笑う。


 彼女の意思を遂げる為、そして敵を討つためにハルトは血の滲むような努力をして、代償を支払ってまで力を得た。結果的に相打ちしたメリアの遺した弱点を突き、ハルトクレイドルは不死身といわれた四聖魔獣・ホウオウを一年後に討伐した。


 そのかつてない功績と共にその熟達した剣技を持つハルトに付けられた二つ名は―――、



「俺は帝国軍帝国特務師団所属の魔剣使い、ハルト・クレイドルだ。唯一剣技練度ソードアーツ1000パーセントに到達した魔剣使いで、『千の剣帝サウザンド・ブレイバー』という二つ名を皇帝自ら賜った。―――一応、帝国最強の魔剣使いを名乗らせて貰っている」



 驚愕の表情を浮かべながら息を飲むクリスティアとローリエの二人。ハルトに関する情報が今まで帝国により秘匿されていて情報を入手することが出来なかったローリエはともかく、ハルトから事情を聞いていたクリスティアもその事実は初めて知った。



「ハルト先生が帝国最強の魔剣使い……!? しかも、お父様から直接……!?」

「―――、そっ、か……。あのとき言ってたのは1000パーセントってのは、冗談じゃなかったのか……」



 目を見開くクリスティア、そして力無く茫然と呟くローリエだったが、ハルトは彼女の瞳をしっかりと見つめながら剣先を向けた。



「さ、ローリエ、そろそろ幕引きと行こうぜ。もうそろそろ、疲れたろ」

「……そう、だね。―――ねぇハルっち、最後にゼロクラスの生徒としてお願いがあるんだけど」

「ん、どうした?」

「……ウチの全力、受け止めてくれないかなぁ?」



 ぽつりと、縋るように訊ねた。今にも泣いてしまいそうな弱弱しい笑みで。


 ハルトとの魔剣使いとしての差は一目瞭然。これまで圧倒的な差を見せつけられたローリエは、諦念の境地へと至っていた。

 しかし、もう勝てないと分かっていても彼女には彼女なりの意地があった。


 それは使命感や義務感ではなく、彼女の心の中で燻ぶる、ローリエ自身が抱く魔剣使いとしての意地。


 これまで彼女が振る舞う明るさで覆い隠していた感情を垣間見たハルトは、胸を張って返事する。



「―――おう、任せろ」

「……それじゃあ、いくね」



 そう言って、瞳を瞼の裏に隠したローリエは次々に魔剣ジェミニを『分裂』させていく。空中に浮いたソレ・・・・・・・・は黒光りする刃の刃先をハルトたちの方に向けて留まると、次々に『分裂』する。


 魔剣ジェミニが持つ電磁力で浮いているのか、それともローリエが持つ福音―――『分裂スプリット』による能力で浮力を増幅させているのか。そう簡単には判断できない。


 だが、ハルトは―――、



「ハルト先生……っ!」

「大丈夫だクリス。お前は俺が守る」



 ―――この少女を、クリスを守ると決めた。



 ハルトは静かに、されど激しく内側から魔力を引き出す。やがて白銀の輝きに身体が包まれると、手に握る魔剣精シャルロットに声を掛けた。



「シャル、権能・・の一つを使うぞ」

『……了解しました。とシャルロットは我が契約者、ハルトの想いを汲み取りただ何も言わずに【浄化】の権能を解放します』



 魔剣精である彼女がそう言い放った瞬間、シャルロットのその白雪のような綺麗な刀身が七つの色、虹色に光る。

 鮮やかに渦巻くように発生するその七光はどこか優しく、そして温かい。


 ―――魔剣精シャルロットはかつて悪神アスタロトが封印された直後に起こった、【原初の神剣】を巡って人間同士が争ったと記録に残されている【覇剣戦争はけんせんそう】の跡地である洞窟の祠で封印されていた剣だった。

 それを最初に見つけて封印を解いて成り行きで契約したのが、帝国軍に入隊したばかりであった幼いハルト。


 何故かシャルロットはハルトに出逢う前の記憶を失っており、唯一覚えていたのは三つの権能だけ。


 その三つの権能の内の一つが、今回発動した【浄化】の権能。その効力とは―――、



「斬る対象が抱く悪心や憎悪、または洗脳を解く権能。シャルの三つの権能ではささやかな能力だが……、ま、これでローリエが抱く世界への憎悪を断ち斬ることが出来る」

『加えて剣技能スキル発動を推奨します。あのローリエという少女が準備している剣技能スキルは、千を超える雷属性の魔剣による広範囲飛翔攻撃と分析。【浄化】の権能を付与した状態では完全に無力化できず、周囲に大きな被害が及ぶ可能性があります。とシャルロットは冷静にハルトの判断を待機します。どきどき』

あれ・・を見た以上、剣技能スキルを使う以外の選択肢はないだろ? それに―――ここぞというときに生徒の思いに全力で向き合うのが教師ってもんだ」



 遠くに佇むローリエの頭上では『分裂』させた魔剣ジェミニが密集していた。その周囲にはバチバチと青白い稲妻が迸っており、止めどなく電気が連鎖的にその内部や周囲を走る様相はまるで一つの巨大な蓄電装置のよう。


 もしローリエがあんな雷の塊を撃ち出したとしたら、いくらハルトとはいえ無傷では済まないだろう。


 やがて準備が整ったのか、瞳を開けたローリエはハルトを射抜いた。



「……バイバイ、ハルっち。―――消えろ、『双子星座ノ超電磁砲ジェミニール・レールガン』ッ!!!」



 そう言い放ったローリエは分裂させ密集させた魔剣ジェミニの背後へジャンプすると手に持った魔剣ジェミニを投擲。鋭く飛翔する二本の魔剣ジェミニには膨大な量の雷属性へと変換された魔力が内包されていた。


 やがて間もなく投擲した魔剣ジェミニが衝突すると、空中に滞在していた巨大な雷と化した魔剣ジェミニの集団がギュンッッッ!!と一気に加速し撃ち出された。


 それは空気が震える程激しい、電磁力が凝縮された一条の雷光。



 あらゆる物体を容赦なく溶かすであろう暴威の熱源が迫るも、ハルトは冷静に魔剣精シャルロットを横に構える。七色に輝く希望の光は、破壊を打ち砕かんと一層純度を高めていた。


 そして―――、



「―――『黄昏ノ千剣分断トワイライト・セン・ディバイド』」



 撃ち出された超電磁砲と七色に輝く剣が衝突する。それと同時に周囲へ熱と共にビリビリと空気が震えるほどの衝撃が襲い掛かった。


 その膨大な力を真っ向から受け止めているハルトの足がボコッと地面に沈む。ローリエが全力と言っていた通り、そこには彼女がこれまで培ったであろう全身全霊の力が込められていた。


 だが、ハルトが秘める力はそれを優に上回る。



「うおぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!!!」



 ローリエが撃ち出した超電磁砲を切り裂くと、その剣技能スキルは霧のように消滅。すぐさまハルトが空中へと跳び上がると、ローリエの正面に躍り出た。


 目を見開くローリエと、その様子をしっかりと見据えるハルトの視線が交差する。やがて、ふっと表情が柔らかくなった彼女は口だけを動かして言葉を伝えると、それを見たハルトはニッと笑った。


 ―――ありがと。



「あぁ、どういたしまして」



 そう言ってハルトは魔剣精シャルロットを静かに振るう。ハルトは切り裂かれたローリエが瞳を閉じて力無く地に落ちる様子を見遣ると、その視界の端にはローリエを受け止めようと必死に目いっぱい両手を広げるクリスティアの姿があった。


 こうして、戦いは終わった。





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