第33話 戦いの舞台は整った




「ハルっちがここに来たってことは、アイツは死んじゃったか。……チッ、時間稼ぎにもならない」

「いやいや、あのじーさん・・・・は俺相手によく粘った方だと思うぜ? 『影』としてのプライドだとか誇りだか知らんが、最期はせめてもの抵抗で周囲を巻き込んで自爆しようとしたからな」

「そ、それじゃあハルト先生、その人は……っ」

「あぁクリス、無事でよかった。そこのお前らも。……死んじゃいねぇよ。あのじーさん……花屋の店主に擬態した暗殺者は、自爆を阻止して気絶させて捕縛した」

「そう、ですか。やはりあのときの御老人が、そうだったのですね……」

「それよりも―――強くなったな、クリス」

「…………っ」



 そう言ってクリスティアを一瞥しながら笑みを浮かべたハルトは、少女たちを守るように無数のローリエと向かい合う。

 ハルトの言葉に思わず涙がこぼれそうになったクリスティアだったが、堪えるように唇を噛みしめながらその頼もしい背中をじっと見つめた。


 その青年は皺だらけの白いワイシャツにネクタイ、黒いズボンを履いたこれといって何も特徴がないだらしない服装をしている。


 濡羽色の色彩を持つ黒髪に切れ長な碧眼へきがん、中肉中背で整った凛々しい顔立ちをしている彼だが……、残念ながら、今までそれらのだらしない容姿、へらへらとした表情をしていたせいで彼の良さが相殺されていた。しかし……、



「ハルト先生」

「んー、どうしたクリス」

「やっぱり、貴方に出逢えて良かったです」



 認められる為に強さを求めていたクリスティアにとって外見など関係ない。以前まで彼女の中にあったのは、ハルトの強さに対する強い憧れや羨望だ。

 しかしハルトから事情を打ち明けられたあの日、クリスティアは事実を知ったのだ。


 第三皇女である自分を悪意から守る任務を受けたこと。魔剣精クラリスのこと。そして、ハルトがとある二つ名を持った魔剣使いであるということ。


 思わずクリスティアは手で胸を押さえる。



(ハルト先生、私は……っ!!)



 この胸の内に湧き上がるどくどくとした熱量を含む高揚感。それはハルトがこの場所に登場してからというもの収まる気配は一向いっこうにない。


 クリスティアはその身に迸る熱い感情の正体を理解していた。大いなる力を秘めるハルトに対する期待感。これまで自身の成長を側で見守ってくれていた安堵感。ハルトならば必ずどんな悪意からでもこれから自分を守ってくれるという安心感。そしてもう一つは―――彼の頼もしげな姿を見てときめいた、クリスティアがようやく自覚した恋心だ。初めて恋を抱いた……つまり、初恋。


 それらの強い感情が積み重なり、芯火となってクリスティアの内で燃え盛る。



(私は、貴方に追い付きたい……! だから……っ!)



 クリスティアは改めて覚悟を決めると、やがて言葉を紡いだ。



「ハルト先生、私も一緒に戦います。今までのような、守られるだけのお姫様ではいられません!」

「―――。おう、それじゃあ俺について来いよ。クリス」



 自信に満ち溢れた第三皇女の言葉に虚を突かれたように目を丸くするハルトだったが、フッと表情を緩める。そうして横に並び立ったクリスティアを横目で見ていると、今まで黙っていたローリエが憎々しげに口を開いた。



「あのさぁ、ウチを差し置いてごちゃごちゃ会話してんじゃねーよ……ッ! まさかウチの福音の能力があの程度だって思ってるのかなぁ! だとしたらまったくもってイカンなんだけどッ!!」

「うおっ!」

「きゃっ!!」



 しゃがみ込んだ複数のローリエが地面に手を置いた途端、突如ハルトとクリスティアの周囲を巻き込むように地面の草が増殖。完全に不意を突かれたハルトたちは驚愕の表情を浮かべたまま腕や胴体、足といった部位に増殖した草木が何重にも絡まる。その結果、ハルトたちは身動きが取れなくなった。


 そんな姿を見たローリエは嘲笑うようにして口角を上げた。



「ハッ、油断してるからこういうことになるんだよ、マ・ヌ・ケ♥」

「ローリエ、その言葉そっくりそのまま返すぞ」

「……あ?」

「―――はぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」



 ローリエが訝しげにぽつりと声をあげた瞬間、それは起こった。


 凛とした声と共にごうっ!と灼熱の熱風が二人の頬を撫でる。ハルトとクリスティアに頑丈に絡まり、増殖していたとはいえただの雑草。ある少女によって放たれた・・・・・・・・・・・・業火の熱で一瞬にて枯れ果てるとその身は自由になった。


 それは剣技能スキルなのだろう。気が付けば、ハルトたちと無数のローリエを遮るように炎の壁が轟々と燃え盛ってる。


 すたっ、とハルトらの背後に着地したその少女の内一人は、飽きれた様に腰に手を当てながらハルトを睨み付けた。



「ちょっとバカハルト。あんな草程度の妨害ならアンタでもなんとかできたんじゃないの? あんまり私の手を煩わせないでよ」

「お前の魔力が近づいているのがわかったからな。助けられるお姫様気分を味わおうかと」

「……はん、だから何も抵抗しなかったってワケ? 私これでもアンタの上司よ? 上司を使うなんていい度胸―――」

「ありがとな、レイ・・。助かった」

「………………うん」



 棘のある口調だったレイアだが、ハルトが微笑みながら彼女の頭をポンポンと撫でると消え入るような声で顔を真っ赤にして俯いた。


 その光景を目にしたクリスティアは思わず目を丸くする。何度か言葉を交わした程度だが、その身に激情を秘めるレイアがハルトに頭を撫でられただけでまるで猫のように大人しくなったのだ。


 む、と二人のその姿に心の隅でモヤっとするクリスティア。


 それに気が付かないハルトはされるがままの彼女と、すぐ近くにいるライトグリーンの巻き髪を持つ少女に目を向けた。



「リーリアも無事だったんだな。良かった、怪我とかしてねぇか?」

「……ふん、このスケコマシ教師」

「ひっど!? はぁ……、まぁそんな口を聞けるだけ元気ってことだよな。そんじゃレイ、リーリア。あの逃げ遅れたっぽい生徒二人を頼むわ。俺とクリスはアイツの相手をしなくちゃいけないからな」

「手助け……は必要ありませんわね」

「あぁ。これでも俺はゼロクラスの担任だし、生徒の不始末は教師がつけるもんだろ? クラスメイトであるクリスも無関係じゃないしな」

「……はい、ハルト先生の言う通りです。私も、この子と一緒に最後まで戦います」



 クリスティアは右手に持つ魔剣精クラリスをぎゅっと握り締めると、呼応するかのように刃には朱い焔が迸る。


 レイアは魔剣精クラリスの刃が鞘から抜かれている事実に今気が付いたのだろう。そんな在りし日の懐かしい光景を見た彼女は瞳を見開くが一瞬だけ泣きそうな顔になると目を伏せた。

 ハルトはレイアの思いを知っている。慈しむように頭を撫でると、力無く目を細めた。


 だがレイアはすぐさま気丈な表情になると、自らの頭を撫でるハルトの手をパシッと弾く。そのままキッとクリスティアへ鋭い視線を向けて口を開いた。



「……うまく」

「え……?」

「うまく使いなさいよ、クリスティア皇女殿下。魔剣精クラリスはミリア姉様の最っ高の剣なんだから、ヘタに扱ったら承知しない」

「は、はい! 分かりました!」

「それとバカハルト」

「ん、なんだ?」

「ローリエ・クランベルには聞きたいことが山ほどある。よって、彼女の身柄を確保したのち帝国軍に連行するわ。その為の手段は是非を問わない。―――言いたいことは分かるわね、ハルト」

「あぁ、了解」



 レイアはハルトを見つめ静かに頷くと、リーリアと逃げ遅れた二人の生徒を連れて走り去る。やがて遠くに離れた少女らの背中を見遣ったハルトとクリスティアは、背後へと視線を向けた。


 そこでレイアの放った剣技能スキルの効果がちょうど良く切れたのだろう、炎の壁は消滅し、その中心には地面の草が焦げて土色の地面が剥き出しになっている。


 それはまるでハルトとクリスティア、ローリエの立場を示す境界線ボーダーラインのよう。



「………………」



 ハルトらが見据えるその先には、ハルトたちを殺意の籠った瞳で鋭く睨み付けるピンク髪の少女が静かに佇んでいた。剥きだしていた慢心や驕りの一切を排し、冷酷な殺意の気配のみを内包しているローリエが。


 やがてゆっくりと口を開くと、氷のような冷たい声で告げた。



「もう絶対に油断なんかしない。だから―――本気でるね」

「絶対に負けません……!」

「おーおー怖い怖い。……ま、仕方ねぇ。―――俺の全力、見せてやるよ」



 ―――舞台は見事整った。立場が異なる魔剣使いたちは覚悟や思いを胸に秘めて真剣な戦いに挑む。


 こうして、最終決戦の幕が切って落とされた。



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