第32話 『極光の彗星研究会』
対して左肩から血を流し、その後不意に攻撃されたことにより酷い痛みに悶えるローリエ。蹲りながらも下からクリスティアを睨み付け、吐き捨てるように激昂した。
「クソ、クソクソクソクソクソクソッッッッッ!!! 見るなっ! いきなり強くなったからって……っ、皇女だからってぇ……っ! ウチをそんな、そんな
「憐れんでなどいません。貴女には貴女の目的があったとはいえ、魔剣学院のクラスメイト。仲間としてかつて日常のひとときを過ごしたローリエさんに、こんな私が憐憫や侮蔑といった感情など抱ける筈もありません。……ただ、悲しいのです」
「悲しい……?」
「私は、ローリエさんのことを、友達だと思っていました」
「ッ―――!」
「他のみなさんだってそうです。ゼロクラスのみなさんは個性的なので決して口に出そうとはしませんが、きっとローリエさんのことをそう思っている筈なんです。積み重ねてきた思い出はまだ少ないですが、ゼロクラスとして過ごしてきた日々は確かにそこに存在して―――」
「うるさいッ!!」
ローリエは我慢できないように叫ぶとクリスティアの話を遮る。
「さっきから仲間だ思い出だ友達だってウザいんだよっ! アンタの善人ぶった綺麗ごとを聞いているとイライラするっ! ウチは組織に命じられてここにいる。それ以上でもそれ以下でもない! クリっち、ウチはアンタなんか大っ嫌いだ!!」
「良かった。私はローリエさんのこと、大好きですよ」
「~~~ッ、死ねッ!!」
そう言いながらクリスティアのもとへ駆けだしたローリエは、どこからともなく二人に
二人の内、片方が襲い掛かる双剣を巧みにいなすと身体を捻って蹴り上げる。そして襲い掛かってきたもう一方はその反動を利用して魔剣精クラリスをローリエに振り降ろすと、その衝撃に耐えきれず吹き飛ばされた。
そして、密かにもう一人分裂していたのであろう、三人目のローリエと数回剣を交えると、やがてクリスティアが振るうクラリスが分裂したローリエに見事吸い込まれ切り裂かれる。
そうして彼女らは役目を果たしたように靄のように消え去った。
ふぅ、とクリスティアは自ら落ち着くように短く息を吐く。そうしてふと気が付けば頬に暖かな感触があった。どうやら剣戟の最中にローリエが振るう剣先が霞めたようで、血が流れているのだった。
クリスティアは手の甲で頬に付いた血を軽く拭いながら口を開く。
「それが、ローリエさんの
「チッ、これも防ぐか……ッ。……そうだよ、これがウチの福音【
「な……っ! どんどんローリエさんが分裂していって……!」
地面に伸びるローリエの影が幾重にも並ぶように分裂、そしてローリエの姿となって現実へと現れた。しばらくすると何人ものローリエが辺りを埋め尽くす。その数はおよそ百を超えているだろう。
おそらく、ローリエはこの福音の力を使ってレイアの目を欺いたのだ。
同じ顔や背格好の人間がその場に何人もいるのはとても異様で異質な光景だった。その場に集う分裂したローリエたちからの視線を一斉に浴びたクリスティアはその不気味さに思わず背筋を凍らせる。
そんなクリスティアの表情が強張る姿を見て、中心にいた本体であろうローリエは狂気に浸るように笑う。
「あはははっ、どうだ! これがウチ、ローリエ・クランベルの―――『
「
「あぁ、それ以上教えるつもりは無いから。っていうか別に知ろうともしなくても良いでしょ? どうせこれから死ぬんだし」
「……ッ!!」
その場に佇む多くのローリエから冷徹な瞳を向けられたクリスティアは思わず息を飲むも、すぐさま剣を構える。
それと同時に頭の片隅では先程の言葉の意味を考えていた。
(『
いや、とクリスティアは意味のない思考を振り払う。ローリエが教えるつもりは無いと言った以上、クリスティア自身が推察を重ねようとしても無意味と判断。
それよりもまず、この危機を乗り切ることが先決だった。
背後には涙を浮かべながら怯える少女らがいる。クリスティアにとって、この二人を置いて逃げるという選択肢は元から無い。
かといってそう簡単にこの危機的状況を打破できるとは考えられなかった。
目の前には【
つまりはこの場にいるローリエ全員が速い移動速度と剣技を兼ね備えていると考えて良いのだろう。
クリスティアの福音―――【
(こんなとき、ハルトさんなら……!)
初めて会った時に見せた青年の後ろ姿を思い浮かべる。どんな困難が待ち受けていようとも彼ならば迷うことなく突き進むのだろうと、クリスティアはくすっと口元を綻ばせる。
それを見たローリエは怪訝な表情を向けた。
「……どうしたの、気でも触れちゃった?」
「いいえ、なんでもありません。―――ここで全員、斬り伏せてみせます」
「ハッ、やれるもんならやってみなよ。―――最後に立っているのは『ウチら』だ」
そう言うと、口角を上げたローリエは一斉にクリスティアに襲い掛かる。短く息を吐いたクリスティアは魔剣精クラリスをぎゅっと強く握りしめると、彼女らを的確に迎え撃とうと冷静に素早く視線を巡らせた。
クリスティアが福音による
声が聞こえた。
『―――
直後、いくつもの白銀の煌めきがクリスティアの目の前で踊り狂う。彼女がその輝きの正体に気付いたのは、襲い掛かろうとしていた何人ものローリエが一瞬にて黒い靄と化し消失した後だった。
「な……にが、いったいなにが起こった……っ!? 『ウチ』が一気にやられて……、っクリっち、これもアンタの福音の仕業!?」
「これは……!」
まさに刹那の出来事。なにせクリスティアの逃げ場を防ぐように囲っていた大勢のローリエが彼女に襲い掛かったタイミングで一気に塵と化したのだ。
呆然としながらも困惑の表情を顔面に貼り付けていたローリエだったが、ここで彼女はあることに気付く。これは自分が自らの意思で福音を解いたわけではない。ましてや福音の能力が限界を迎えて強制解除されたわけでもない。であれば、そこから導ける結論は一つ。
―――攻撃されたのだ。
剣技練度100パーセントであるレイアに追い付けるほどの機敏さ、素早さを身に付けているローリエが
ローリエは改めてクリスティアへ視線を向ける。福音で『再現』出来るクリスティアと云えど、気配も無しに無数の『ローリエ』を一気に屠ることなど有り得ない。
ならば、とローリエが考えたところで、彼女らの死角となっている木々の場所から声が聞こえた。
「―――おいおいローリエ。なんか知らん間に同じような顔ぶれがウヨウヨいるじゃん? その子らって、もしかしてお前のたくさんいる双子姉妹とか?」
「……ッ!!」
「あぁ……!!」
その青年の明るい声が響いた瞬間、二人の少女らは目を見開く。ローリエは憎々しげに、クリスティアは心から安堵したように。
肩の力を緩めるクリスティアだった傍ら、ローリエは見知っている魔剣使いの登場に、表情を酷く歪めながらもその名を呟いた。
「邪魔するなよ……っ!!―――ハルト・クレイドルッ!!!」
「おいおい、つれないこと言わないで俺も混ぜてくれよ。―――ローリエ・クランベル」
そこには、ニッと唇の端を上げたハルトが悠然と立っていた。
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