第44話

 僕の目の前で、凄まじい戦いが繰り広げられている。


 二人が攻撃を繰り出すたびに、繁華街が被害を被っていく。舗装された道路は土がむき出しになって穴だらけになり、店の数々は窓ガラスが割れたり、建物が崩壊していたり……。


 今のところ、状況的にはサアラがやや不利といった感じかな。能力的にはサアラのほうが上なんだけど、ベルゼにはデモンスレイヤーがある。


 さらに、ベルゼは僕が遠くへ避難しようとすると、それを牽制するかのように、僕に向かって魔法を繰り出してくる。その度に、サアラは僕のことを守ってくれる。


 何度かサアラが守り切れないことがあったけれど、運よく魔法は僕に当たらなかった。ギフトのおかげだろうか? 


 エイミは剣を構えたまま、僕と同じく何もできずに突っ立っている。戦いに加わろうとは思っているっぽいのだけど、入るタイミングがつかめないようだ。それに、エイミが戦いに加わったところで、状況に変化はほとんどないだろう。


「楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しいなあっ!」


 ベルゼはサアラとの戦いに気分が高揚しているのか、とびきりやばそうな笑顔で、しきりに何かを叫んでいる。


「おらおらおらっ! どうしたどうした!? そんなもんか? そんなもんなのか? もっと俺を楽しませてくれよおっ!」


 ちいっ、とサアラは舌打ちをする。


「そんなことを言うのなら、エドを狙うのをやめろっ!」


 サアラは生成魔法で生み出した剣を、ベルゼに向かって投擲した。


 ベルゼはデモンスレイヤーで向かい来る剣を弾くと、


「このガキはお前の何なんだ? 手下か? 友達か? 恋人か?」

「何だって……いいだろっ!」


 ベルゼが僕を狙うのは、サアラを目の前の戦闘だけに集中させないため。常に僕の存在を意識させることで、全戦力を『攻撃』に振れないようにさせる。


 全戦力が10だとして、『防御』に3を割り振れば、『攻撃』は7になる。ベルゼの全戦力が7・5だとしたら、そのすべてを『攻撃』に振れば、今のサアラの『攻撃』を超えることになる。


 ベルゼも本能的にはわかっているんだ。自分がサアラより弱い、ということを――。だけど、そんな残酷な現実を認めたくなくて、それで自分はサアラよりも強いのだ、と自らに言い聞かせている。自己暗示している。

 しかし、行動には本音が出てしまっている。無意識に。


 自分が矛盾していることに、ベルゼは気がついているだろうか? 多分だけど、気がついていないと思う。自分の心を騙しきっているのだと思う。


 人間は自己矛盾を、うまく受け入れることができるのだろう。


「ああああああっ! クソクソクソクソクソクソクソクソ……。なんでなんでなんで、攻撃が当たらないんだ。当たりさえすれば、一発で殺せるっていうのによおっ!」


 時間が経つにつれて、ベルゼが苛立ちを露わにしてきた。

 思い通りにいかない現実に、戦いに、当初の笑顔も消えてしまった。

 苛立ちは行動にも、如実にあらわれている。


 ベルゼの攻撃が荒っぽくなった。剣の一振りは威力こそ増したものの、その分隙が大きくなった。魔法も威力が高くなった代わりに、精度が落ちた。僕を狙って放った魔法は明後日の方向に飛んでいって、古い時計塔を破壊した。


 魔法が、攻撃がますます当たらなくなったことに、ベルゼはさらに苛立つ。ある種、負のスパイラルに陥っている。


「当たらねえっ! 当たらねえっ! 当たらねえっ! クッソガアアアアアアアアアアッ! ぶっ殺してやるっ!」


 叫びながら放った魔法の五連射も、王都を破壊しただけだった。


 後のことを考えずに刹那的に戦っていたベルゼは、次第に疲れが出てきたようで、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返して、全身から汗を流している。


 攻撃の比重をあげたサアラは、ベルゼの左肩に指から撃ち出した魔法のレーザーを的中させた。ようやく、一撃を食らわせたのだ。


「ぐあっ!」


 ベルゼは態勢を立て直そうと、サアラから距離を取った。


「エド、怪我はないか?」

「うん。大丈夫」


 サアラは油断することなく、ベルゼを睨みつけている。


 ベルゼはサアラから、所在なげに立っているエイミに視線を移した。しかし、すぐに視線を戻すと、サアラに向かって一直線に駆けだした。


 戦闘が再開される。

 剣と剣が激しくぶつかり合い火花を散らす。甲高い金属音が連続して空間に響き渡る。魔法が飛び交う。建物が爆ぜる、崩壊する、消し飛ぶ――。


 ベルゼは剣を振るう手を止めずに、エイミに向かって叫ぶ。


「エイミ! ガキを殺せっ!」

「……え?」

「ガキを殺したら、お前は殺さないでやるっ!」


 エイミが、僕を見た。

 その手には、剣が握られている。

 エイミは。

 エイミは静かに笑って――。

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