第43話

 レストランを出ると、僕たちは食後の運動を兼ねて繁華街をぶらぶらと歩いた。僕とサアラの少し後ろを、エイミが不機嫌そうな顔をして歩いている。


 ちらりと一瞥すると、エイミは眠たそうにあくびを噛み殺している。


 平和だ。

 だけど、この平和を壊そうとしている人がいる。


 僕はベルゼという人のことをよくは知らないけれど、どうしてライデル様はやばそうな――危険な――ベルゼと手を組んだんだろう? 


 ……いや、そんなことわかりきっている。

 毒を以て毒を制す的な考えだろう。


 サアラを殺して魔王国を手中に収めるために、彼女と同レベルと思わしき実力者(僕はそうは思っていないけれど)を駒として使う。

 だけどそれは、非常にリスキーだと思う。


 駒が裏切らない保証なんて、どこにもないのだから。

 裏切った駒が弱ければ、大した問題にはならないだろう。だけど、裏切った駒が絶望的に強かったら――。


「みいぃつけた」


 突然、そんな声が聞こえた。


 見つけた。それは誰かを探していたということ。

 誰を? 誰を探していたんだ?

 エイミ? それともサアラ? あるいは両方?


 声の主は背の高い建物の屋上から、豪快に飛び降りてきた。


 突如として上から降ってきたその男に、繁華街にいた人々が騒めいた。本能的に、直感的に、その男が只者ではない――危険な雰囲気を漂わせている――ことを悟ったんだろう。


「エイミだけじゃなく、サアラ――お前もいるだなんて。探す手間が省けたぜ」

「ベルゼ……」


 サアラが呟いた。


 薄々そうなんじゃないかとは思っていたけれど、やはりその男こそがベルゼだった。ベルゼは腰に差した剣を引き抜き、見せびらかすかのように構えた。


「なっ……」


 エイミの顔が驚愕に変わる。


「それっ……デモンスレイヤー!?」

「そうだ。そうだとも」


 エイミのリアクションに満足したのか、ベルゼはにっこりと頷いた。


 対魔族特攻武器デモンスレイヤー。

 魔族特攻のギフトの効果が霞むほどに、魔族に対して有効な武器だ。


 エイミたちでさえ引き抜くことができなかったその武器を、ベルゼは引き抜いたっていうのか? 


 焦り。

 サアラがいかに強かろうと、デモンスレイヤーの一撃を食らってしまえば、一瞬にして殺される。そのはずだ。


 サアラは一撃たりとも――かすり傷であっても――攻撃を食らわずに、ベルゼを倒さなければならない。不可能とまではいかないものの、かなり厳しい戦いを強いられるだろう。

 もちろん、油断や手加減なんてもってのほか。


 僕はどうすれば――。

 僕にできるのは、足手まといにしかならない僕にできるのは、戦いに巻き込まれないように遠くへ逃げること。だけど、逃げるような時間は、もうない。


「話はエイミから聞いたぞ。そなた、聖王国の王と手を組んだのだな」

「ん、ああ……それなんだが……」


 ベルゼは頭をぽりぽりと掻き、へらへらと笑って、


「あいつは殺した」

「……そなたが?」

「そう。デモンスレイヤーは手に入れたし、もうあいつには用はなかったならな」

「そうか」

「そんなことより、とにかく戦おうぜ」


 そう言うと、ベルゼはエイミを見て、


「エイミ、お前もかかってきてくれても全然かまわないぜ」


 二人の短い会話の間に、人々はみんな逃げてしまった。

 繁華街に取り残されたのは、僕とサアラとエイミとベルゼの四人だけ。


 僕も逃げようと思ったんだけど、ベルゼがちらちらとしきりに僕のことを見ていて、逃げ出せなかった。


 ベルゼは、僕がサアラの友達であることに――言い方を変えれば、(自分で言うのは恥ずかしいけれど)大事な存在であることに、気づいているのだろう。


「キャンセル」


 サアラは本来の姿へと戻った。


「ああっ! もうっ!」


 エイミは覚悟を決めたのか、ベルゼに向かって剣を構えた。


「……」


 僕は何もできなかった。


「俺はお前を殺して、魔王となる」


 ベルゼはデモンスレイヤーを脇構えに、サアラのもとへと低い姿勢で飛び出した。


「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!!」

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