第42話

 僕たちのもとへとやってきたエイミは、


「お願いっ! ベルゼを殺してっ!」


 なんと、頭を下げた。


 僕はとてもとても驚いた。

 エイミが頭を下げるところなんて、初めて見た。あのとてつもなくプライドが高い頭を下げるだなんて……僕は夢を見ているのだろうか? 驚天動地、天変地異……。


 何を企んでいるんだろう?

 そう思い、エイミのことをじっと見て――気がついた。

 エイミが憔悴しきっていることに。


 あのエイミがここまで憔悴して、しかも人に頭を下げるだなんて……きっと、よほどのことがあったのだろう。

 一体、なにがあったのか?


 見た感じ、エイミは一人のようだ。

 アラン、エレナ、ライルの三人はどこにいるんだろう? どこかに隠れて、隙を見て襲い掛かってきたりしないだろうか? エイミのこの憔悴も、僕たちの油断を誘う演技なのかも――。


 いや、エイミにそんなことができるはずがない。エイミはそこまで器量のいい人間じゃない。プライドを捨てられるような人間じゃない。


 ベルゼを殺して。

 エイミはベルゼのことを知っているのか? 殺してなどと頼み込むということは、彼に狙われていたりするのだろうか?


「妾にそんなことを言われても困るな。何せ、妾はごく普通の一般ピープルだからな」


 サアラはとぼけて見せた。

 自分の正体がバレていないと思っているのか、意地悪しているのか……。


「とぼけたって無駄よっ! あんたが魔王――ぐぇっ!?」


 サアラの拳が、エイミの腹に突き刺さる。


「話くらいは聞いてやる。場所を移すぞ」


 体を折ってしゃがみこんだエイミの襟首をぐっと掴むと、サアラは小柄な少女とは思えない腕力で引きずった。


 ◇


 サアラがエイミを引きずり連れて行ったのは、通りから外れたところにあるレストランだった。建物は小さくないものの、だいぶ年季が入っている。レストランの横には大きな池があり、様々な種類の魚たちがゆうゆうと泳いでいる。


 僕たちがレストランに入ると、店主夫妻が笑顔で迎えてくれた。


「久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「個室は空いているか?」

「ええ」夫が頷いた。「三名様ですね?」

「うむ」

「料理のほうは……」

「いつも通り、任せる」

「かしこまりました」


 妻に案内された個室に入る。


 円卓を囲うように椅子が八脚置かれている。僕とサアラが並んで、エイミは向かいの席に座った。


 妻は冷たいお茶の入ったコップを置くと、すぐに部屋から出て行った。


「話せ」


 一言、サアラは言った。


 エイミはすらすらと、よどみなく話した。


 いつまでたっても魔王を殺せない勇者パーティーに業を煮やしたライデル様が、ベルゼと手を組んだこと。今までに各地で行ってきた悪行の数々がバレて、勇者の称号を剥奪されたこと。用済みとなった四人をベルゼが殺そうとしたこと。アランが死んだこと。エレナとライルも多分、ベルゼによって殺されたということ。エイミが仲間を見捨てて逃げたこと。エイミを追ってベルゼが魔王国にやってくるだろう、ということ……。


「最低だな」


 サアラは侮蔑的な目で、エイミを睨みつけた。


「仲間を置き去りにして、一人逃亡か」

「しょうがないじゃないっ!」


 エイミは円卓に手を叩きつけて怒鳴った。


「ああしなきゃ、あたしも死んでたんだもん!」

「死ねばよかったのでは?」

「はあ? なんで、このあたしが……っ」


 そこで、店主夫妻が料理を運んできた。円卓の上に三人で食べきるのは苦しいだろう量の料理が置かれる。八人前――いや、一〇人前はあるだろう。

 配分としては、僕とエイミが一人分。サアラが残り。


 エイミはステーキに思い切りフォークを突き立てると、


「あたしはまだ16よっ! まだ子供なのよっ! まだまだやりたいことがたくさんあるのよ! たかが16年で人生を終わらせたくないのっ!」

「性格の悪さは大人顔負けだがな」


 サアラがせせら笑った。


「――っ!」

「この16年やりたい放題、我がままに生きてきたのだろう? もう十分だろ?」

「ぜんっぜん足りないわっ!」

「強欲な女だ」


 行儀なんて気にせずにがつがつとステーキを食べるエイミと、反対にナイフで一口サイズに切り分けて行儀よく食べるサアラ。不思議なことに、食べるスピードはサアラのほうが圧倒的に早い。


 ステーキを食べ終えると、エイミは袖で口元を拭いながら、


「それで……あたしのお願い、聞いてくれるの?」

「聞かない」


 サアラは即答した。


 エイミが口を開こうとするのを手で制して、


「だが、ベルゼは妾が殺す」と言った。「そなたにお願いされなくても、もともと殺すつもりだったのだ」

「あっそ」


 不機嫌そうな顔でそう言うと、エイミは食事に集中した。


 サアラも食事に集中しているように見える――が、よく見るとエイミのことをちらちらと窺っている。

 エイミが味方になりうるか、を考えているのかもしれない。あるいは、利用価値があるかどうか――。


 食事を終えると、


「感謝なんてしないし、するつもりもないから」


 そう言って、個室から出て行った。


 僕とサアラは肩を竦めると、エイミの後を追った。


 食事代はサアラの奢りなのだから、少しくらいは感謝してほしいものだ。……同じく奢ってもらった僕が言えることではないけれど。

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