第41話

「ようやく……魔王国に着いた……」


 エイミは憔悴した表情で呟いた。

 ここまで一睡もしていないので、エイミの大きな目の下には隈が出来ていた。体力的にもかなり疲れている。


 魔王国の王都を一人うろつく。

 魔王国に来るのは初めてだった。自分が想像していた魔王国と実際の魔王国は、まるで違っていた。


 魔族ばかりで陰気な国だとエイミは思っていたが、魔王国にはヒューマンも案外いて、なおかつ活気に満ちていた。

 荒っぽい魔族とヒューマンが揉めている光景なども時折目にしたが、そういった光景は聖王国でもよく見られる。

 全体的に、聖王国よりも魔王国のほうが平和な国のように見えた。


「……こんな感じなのね」


 これからどうしようか、とエイミは考える。


 勇者の称号は剥奪され、今までに行ってきた悪行はすべて罪となり、パーティーの仲間を見捨てた。

 今の自分には何もない。


 反省はしている。

 もっとうまく立ち回ることができたはずだ、と。


 後悔はしていない。

 自らの欲望に忠実に生きてきた。うまくいかないことも多少はあったが、おおむねは思い通りになった――。


 ――エドをパーティーから追い出すまでは。


 あれから、人生の歯車が狂ってしまったような、そんな気がする。

 気のせいだろうか?

 無能なエドをパーティーから追い出せば、今まで以上にうまくいくと思ったのに……。

 どうして……どうして……?


「どうして、このあたしがこんな悲惨な目に……」


 疑問だ。

 エドはパーティーにとって――エイミにとって疫病神なんかではなく、むしろ福をもたらす存在だったのではないか?


「……馬鹿らしい」


 エイミは一瞬思ってしまったことを、慌てて否定した。


 そんなはずはない。あいつは疫病神で、パーティーにとっていらない存在だったんだ……。そうだ。そうに決まっている。


 エドが巫女の神託によって勇者に選ばれたのも、あのクソアマが間違えたせいなのだ。もっと他にいい人材がいなかったのか?


「そうだ。エド……」


 エドは今、どこで何をしているんだろう?

 エイミは――そして、今は亡き勇者パーティーの三人は――エドのことなどすっかり忘れていた。

 今もロロンの町にいるのだろうか?


「……ま、エドのことなんてどうでもいいわ」


 おなかが空いていたので、エイミは露店で果物を買って食べた。


 魔王国で使用されている通貨は、聖王国で使用されているものとは異なる。初めて魔王国を訪れるエイミは、もちろん、魔王国の通貨を持っていない。


 両替をするには、様々な手続きが必要だ。

 なので、エイミはその辺にいた魔族を脅しつけて(もちろん暴力で)、金を手に入れた。といっても、大した金額ではない。

 魔王国に潜伏するには金が必要だ。


「ベルゼはあたしを追って魔王国まで来るかしら……?」


 来るだろう。

 何らかの魔法を使って、エイミの居場所を特定するはずだ。それくらい、簡単にやってのけるだろう。

 だとしたら、やはりあの手を使うしかない。


 魔族には魔族を。

 毒を以て毒を制す。


 つまり、エイミを追って魔王国までやってきたベルゼに、サアラをぶつけるのだ。

 簡潔にして、完璧な作戦だ。

 だがしかし、その作戦には一つ問題がある。

 それは――。


「問題は魔王がどこにいるのかってことね」


 さらに言えば、どうやって二人を引き合わせるか。

 魔王の居場所さえわかれば、後はどうにでもなるはず。だから、問題はこの一点なのだ。


「とりあえず、王城に行ってみるか」


 サアラが魔王国に戻ってきていることを前提の話だ。彼女がいまだロロンの町にいる可能性や、他の町にいる可能性は考慮していない。


 エイミが王都屈指の大通りを、遠くに見える王城へ向かって歩いていると、


「……なんだ………」

「……ん?」


 エイミは眉根を寄せた。


 聞き覚えのある声。

 そう――エドの声だ。

 どうしてエドの声が……? 気のせい……? いや、あれは確かにエドの声だ。


「物知りなんだね、サア――むぐっ」


 エドと少女が並んで歩いていた。

 エドが何か不都合なことを言おうとしたのか、サアラは素早くエドの口を塞いだ。


「妾の名を出すなと言っただろ」

「ごめん」

「まあ、たまたま魔王と名前が同じって言い訳もできないわけではないが……」

「ちょっと無理があるよね」

「うむ」


 そのかわいらしい高い声と、裏腹に少女らしくない口調。

 どこかで、この少女と会ったことがある。


 ……誰だ?

 ……。

 …………。

 ………………あ。

 思い出した。あいつは――。


「そこのあんたたちっ!」


 エイミはびしりと二人を指差した。

 エイミの声はよく響いた。周りの人々が彼女のことを見るが、そんなことは気にしない。


「え……エイミ?」


 エドは呆然としたように言った。

 どうしてここにいるんだ、と言った顔をしている。


「ん? 誰だあの女――ああ。そなたの幼馴染の勇者か」


 サアラは愉快そうに笑った。

 エイミはずかずかと大股で二人のもとへとやってきて。

 そして――。

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