第39話
「誰だ、貴様は?」
その低く重い声は、ベルゼの脳内に直接響いた。
ベルゼは最初、誰かが――人間が――自分に話しかけたのだと思い、辺りを見回した。しかし、いるのはライデルとその配下の兵士のみだった。
「ふむ?」
ライデルが変声して自分のことをからかっている――なんてことはないだろう。
とすると――。
「この剣、か……」
「もう一度聞く。貴様は誰だ?」
ひどく偉そうな口調だ。
「俺が誰か、か……。俺の名はベルゼだ」ベルゼは名乗った。「お前は……デモンスレイヤーだな」
「デモンスレイヤー……ふんっ……」
自らの名を不愉快そうに呟いた。
「それは人間どもが、私のことをそう呼んでいるに過ぎない。私が人間のことを人間と呼んでいるようにな」
「ではお前の個人名は?」
「ない」
聖剣は即答した。
「そんなものは必要ない。人間はたくさんいるが、私は一本だけ。ゆえに、個体を識別するための名など必要ないのだ」
「ふん」
生意気な口を聞く剣だ、とベルゼは思った。
折ってしまいたい、という欲求を抑え込む。サアラを殺したら、こいつを叩き折って破壊してやろう。
「貴様は……ヒューマンではなく、魔族か?」
見た目から間違いないと思ったが、デモンスレイヤーは念のために尋ねた。
「そのとおり」
「私はデモンスレイヤーと呼ばれている。つまり――魔族を滅するための剣というわけだ。なのに、魔族が私を使おうとしているのか。面白いな」
「そうか? 同族を殺すために、お前が必要ってだけだ」
「私を使う?」
くくくく、とデモンスレイヤーは不気味な笑い声をあげた。
「私を使うためには、地面から私を引き抜かなければならない。引き抜くためには、私を力で屈服させなければならない。前に来た勇者どもも、私を屈服させることはできなかった」
デモンスレイヤーは自ら勇者と名乗る、口の悪い大馬鹿者四人のことを思い出した。彼らが自分を引き抜くことができず、ヒステリックに叫んだときは、思わず失笑してしまった。
彼らは元気にしているのだろうか? 新たな者がやってきたということは、四人は死んだのだろうか? だとしたら、喜ばしいことだ。彼らを潰すことができなかったのは、心残りだったから――。
さて。
今はこの魔族の男に集中しよう。
「貴様にできるというのか? この私を屈服させることが」
「できるとも」
ベルゼは不敵な笑みで、頷いた。
「生半可な者だと精神を破壊されて廃人に――」
「黙れ」
脅しをかけてくるデモンスレイヤーに、ベルゼは落ち着いた声で一喝した。
「お前を屈服させてやるっ!」
そう言ったと同時に、ベルゼはデモンスレイヤーに魔力を流し込んだ。圧倒的な魔力でデモンスレイヤーを押しつぶし、我がものとする――。
デモンスレイヤーも負けじと、力をベルゼに侵攻させる。ベルゼの肉体を支配し、精神を崩壊させようとしているのだ。
デモンスレイヤーと呼ばれているその剣は、能力と同様に魔族を激しく嫌っている。魔族であるベルゼを殺すために、全神経を集中させる。
力と力の純粋な戦いは、一時間ほど続いた。
勝ったのは――ベルゼだった。
「………………」
「は……はははははははははははっ!」
汗を流しながら、高らかに笑う。
デモンスレイヤーはベルゼの力に屈服して、その自我は失われた。喋る剣などうるさくてしょうがないので、自我がなくなってよかった。
剣が地面から引き抜かれ、黄金に輝く刀身が露わになる。
「これで、俺は最強だっ! 俺の勝利は確定したっ!」
興奮気味に叫ぶベルゼに、丘を登ってきたライデルが言った。
「おめでとう。では早速、エイミと魔王を殺しに向かってくれ」
「ん、ああ……そうだな」
うっすらと笑って頷いたベルゼの様子がどこかおかしいことに、ライデルは気づかなかった。気づく素振りさえなかった。
もしそのことに気がついていたら未来は変わっていたのかもしれない――いや、ライデルの運命はベルゼに出会った時に、既に決まっていたのだ。
どうあがいても、何も変わらない。
変わりようがないのだ。
圧倒的強者は理不尽で――その理不尽さに文句を言おうと、圧倒的な力でねじ伏せられるだけなのだ。
弱肉強食。
それが不変のルール。
ライデルは聖王国の王という強者であったが、ベルゼはそのさらに上を行く強者であった。ただそれだけのこと。
ライデルは自らに死が迫っているということにはまるで気づかず、これからのバラ色の人生を想像して頬を緩ませながら、ベルゼを王城へと案内した。
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