第34話

 なぜかはよくわからないけれど、僕もエイベル様と会うことになった。僕が聖王国の人間だからだろうか?


 ゼファーさんに案内された一室に入ると、そこにはエイベル様とその部下が数名いた。彼らはまず部屋に入ってきた僕を見て、それからサアラのことを見た。


「む? 君は確か、勇者の……」

「僕のことをご存じなんですか?」


 驚いた。

 僕が勇者パーティーの一員だったとはいえ、そしてエイベル様が王弟であるとはいえ、僕のことを知っているとは思わなかった。僕は勇者パーティーの中で、最も存在感が薄かったから(それも圧倒的に)。


「もちろん」


 エイベル様は微笑んで、大きく頷いた。


「もちろん、知っているとも。エド、だったかな?」

「はい」

「勇者の君が魔王国にいるのは、どうしてなのかな?」


 訝しむ、というよりは、不思議そうな口調だった。


 僕はサアラと出会ったときのことや、勇者パーティーを脱退したときのことなどを、エイベル様に話した。


「なるほど。そのようなことがあったのだな」エイベル様は言った。「勇者パーティーの悪い言噂については、私の耳にまで届いている。やめて正解だったな」

「はい」

「ところで……」


 エイベル様はサアラを見て、


「こちらのかわいらしいお嬢さんは?」

「妾が現魔王であるサアラだ」

「あなたが?」


 エイベル様は驚いていた。


 魔王――王なのだから、男であるはずだ、という先入観。

 魔王なのだから、きっと筋骨隆々の大男だろう、という勝手な想像。

 それらを抱いてしまうのは、別におかしいことではないと思う。


 僕だって、同じような想像をしていた。まさか、魔王の正体がこんなかわいい少女(魔法によって変装した姿だけど)だなんて、これっぽっちも想像していなかった。


「そうだ」サアラは頷いた。「言っておくが、冗談ではないぞ」

「見た目はヒューマンと変わらないのですね」

「魔法によって変装しているからな」

「ほほう?」


 言葉にはしなかったけれど、魔法を解いてほしそうな表情をしていた。


「キャンセル」


 そう呟いた瞬間、サアラの体に光がまとわりつき、次の瞬間には本来の姿(グラマラスで妖艶な美女)へと戻っていた。


「なるほど。この姿は魔王らしい」


 エイベル様はにやりと笑った。


 サアラは椅子にどっかりと座ると、


「それでは本題に入ろうか」


 と言った。


 僕も椅子に座る。


「部下から聞いた話では、エイベル殿は魔王国と和平を結びたいとか?」

「ええ」

「もう少し、詳しく話を聞かせてもらえないだろうか?」

「もちろんです」


 メイドが部屋に入ってきて、お茶を置いて出て行った。凝った装飾が施されたカップに、綺麗な混じり気のない明るい茶色の液体が入っている。いいにおいが湯気とともに、上がってくる。


 お茶の入ったカップを見ているエイベル様に、サアラはいたずらっ子みたいな笑みを浮かべて、


「毒は入っていないので、安心して飲んでほしい」


 ははは、とエイベル様は愉快そうに笑った。


「わかっていますよ。とてもいい匂いだな、と思っていただけです」


 カップを優雅に持ち上げ、芳香を楽しむと、エイベル様はお茶を一口飲んで、


「うん、おいしい」


 と呟いた。


 カップを音をたてないように、そっとソーサーに置くと、エイベル様は話し始めた。


 ◇


「さて、どこから話したものか……。うん。すべての始まりは、兄が魔王国を手中に収めようと、巫女に『魔王に対抗できそうな者』を選ばせたことでしょうか。


 神託、などと言っていますが、実際はまるで違います。聖王国の巫女は神のお告げを聞くことなんてできず、ただ自らの意思で勇者を選んだだけなのです。


 彼女には直感的に優れた能力を持つ者を見つけ出すことができる能力――ギフトがあるのです。そのギフトによって選ばれたのが、五人の勇者――エド、エイミ、アラン、エレナ、ライルなんです。


 兄は欲深い人間でした。兄の夢は、最終目標は、世界のすべてを自らの手中に収めること――つまりは世界征服です。


 私は弟ですからね。兄に対してあまり強くは言えないんです。兄のやり口には賛同しかねるのですが、私は何も言わずに黙々と自分の職務を遂行していました。


 私は昔から欲がそれほどなく――といっても、人間ですから多少はありますがね――、王座なんてものにも、まったく興味がありませんでした。国の長になんてなっても、面倒なだけですから。


 兄を殺して私が王になる。そんなことを考えたことはありませんでした。


 ――そう、今までは。


 兄もそんな私の性格をよく理解しているので、様々な相談を私にしてくれましたし、ごく一部の人間しか知らない『隠し事』についても、私に話してくれました。

 その隠し事が問題だったのです。私の考えを変えさせたのです。


 隠し事はたくさんありました。どれもうんざりするような、とても他人には話せないような国の恥部ばかりでした。


 その隠し事の中で特に問題だったのが、とある魔族の者と手を組んだことです。その者と手を組んで、兄は魔王国を手中にするつもりなんです。魔王国を手に入れた後は、本格的に世界征服に乗り出すつもりなのでしょう。


 ありきたりな表現で申し訳ないのですが、兄は国を統べる王としてふさわしくありません。もし兄が世界を征服してしまったら、世界中が不幸になるでしょう。


 ヒューマン以外の種族は差別されるでしょうし、ヒューマンでも聖王国の人間かそれ以外かで線引きされると思います。さらに言えば、兄にとってほんの少しでも気に食わない人間は、あっさりと殺されることでしょう。


 もちろん、私も一国の長になるのには、ふさわしくない人間だと思います。ですが、兄よりはずっとずっとマシです。


 私がサアラ殿に――魔王国に望むのは和平と、兄の横暴を止めることです。具体的には、兄と手を組んだ魔族の者を倒してもらいたいのです。


 その者はかなりの強者らしく、我々では倒せそうにありません。そのほかの連中は、私たちで何とかします。


 その者の名前は確か……ベルゼ。ベルゼという名だったと思います。サアラ殿と面識があったりしますかね?


 ……話は以上となります。


 私としてはぜひとも引き受けてもらいたいのですが。もちろん強制はしません。というよりも、できませんがね……。


 いかがでしょうか?」

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